"競歩"特設サイト公開!
>>「Race walking Navi」
<2月15日に、山西利和(愛知製鋼)と諏方元郁(愛知製鋼)の欠場が発表された。以下は、欠場発表前に執筆したものではあるが、今回の「日本選手権男子20km競歩」を楽しむおともにしていただければ幸いである>
・文中敬称略。
・所属は当時のもの。
世界が注目するレース
2月20日に神戸市・六甲アイランドで行われる「日本選手権20km競歩」の男子は、数年前から世界の関係者から注目されているレースだ。7月にアメリカ・オレゴン州ユージンで行われる世界選手権の代表選手選考会も兼ねている。世界選手権の参加資格記録は「1時間21分00秒」。日本陸連が設けている派遣設定記録は「1時間20分00秒」だ。なお、20km競歩の日本選手権は、年が明けた2月に行われるため、実際にレースが行われる西暦年よりも1年前の「年度」の大会として行われている。よって、今回は「2021年度」の「第105回大会」ということになる。
2019年度(第103回)・20年度(第104回)と山西利和(愛知製鋼)が連覇し今回はV3に挑む。前回マークした1時間17分20秒が大会記録だ。山西は、19年ドーハ世界選手権で優勝、21年東京五輪も銅メダルと2大会連続で世界の表彰台に登っている。
山西の3連覇を阻む可能性がありそうな候補の筆頭は、東京五輪代表で前回2位の高橋英輝(富士通)。さらには参加資格記録(2020年1月1日~22年1月16日)の順に古賀友太(明大)、丸尾知司(愛知製鋼)、藤澤勇(ALSOK)、石田昴(立命大)、野田明宏(自衛隊体育学校)、荒井広宙(富士通)と資格記録や自己ベストで1時間20分を切っている選手の名前がズラリと並ぶ。
なお、東京五輪で山西に先着して「銀メダル」を獲得した前回3位の池田向希(旭化成)は3月4日にオマーンのマスカットで行われる世界チーム競歩選手権に合わせるため日本選手権にはエントリーしていない。池田とともに世界チーム選手権の代表となっている山西と諏方元郁(愛知製鋼)は日本選手権にもエントリーしているので2週間で2レースとなる。
また、世界チーム選手権の35km代表の川野将虎(旭化成)、勝木隼人(自衛隊体育学校)、髙橋和生(ADワークスグループ)は神戸には不出場だ。
当日の気象状況や展開次第では、鈴木雄介(富士通)の世界記録1時間16分36秒(15年3月15日/能美)を上回ることがあるかもしれない。
ただし、世界記録を上回る記録が誕生しても、国際競歩審判員(IRWJ=International Race Walking Judge)の人数が3人以上揃わないため、世界記録やアジア記録としては公認されない(日本記録としては認められる)。その事情については、後述する。
残念ながらテレビ中継はないが、ネットによるライブ中継があるのでそちらでお楽しみ頂きたい。
ただし、TVでのマラソンや駅伝の中継と違って中継車による正面などからの映像ではなく、スタート&フィニッシュ地点付近と折り返し地点に設置された3台のカメラでの配信になる予定。ただ、片道500mのコースを往復するので、レースの様子はしっかりと観られるはずだ。
なお、会場では競歩の日本トップクラスの選手であった谷内雄亮さんが実況&解説アナウンスをされる予定だ。その音声もライブ中継で流れてくるなずなので、画面に映っていない箇所があっても、レースの模様はかなり把握できることだろう。
ここでは、その「観戦のお供」にいくつかの視点からのデータを紹介する。
男子のレースが終わったあと10時40分には女子20kmWがスタートする。
さらに、午後からは「第33回U20選抜競歩」が行われる。
男子10kmWが12時45分、女子5kmWが13時50分のスタートだ。
何年かあとに日本の競歩界を引っ張っていくことになるであろう選手たちだ。
こちらもライブ中継されるので、引き続きどうぞお楽しみいただきたい。
五輪&世界選手権の入賞者
冒頭のタイトル「世界が注目するレース」の通り、とにかく、このところの日本の勢いはもの凄い。五輪&世界選手権での入賞者は、以下の通りだ。
2001 | 世選 | 7位 | 1.22.11. | 柳澤 哲(綜合警備保障) |
---|---|---|---|---|
2011 | 世選 | 4位 | 1.21.39. | 鈴木 雄介(富士通) |
2013 | 世選 | 6位 | 1.22.09. | 西塔 拓己(東洋大) |
2016 | 五輪 | 7位 | 1.20.22. | 松永 大介(東洋大) |
2019 | 世選 | 1位 | 1.26.34. | 山西 利和(愛知製鋼) |
〃 | 〃 | 6位 | 1.29.02. | 池田 向希(東洋大) |
2021 | 五輪 | 2位 | 1.21.14. | 池田 向希(旭化成) |
〃 | 〃 | 3位 | 1.21.28. | 山西 利和(愛知製鋼) |
各年の世界10傑入傑者
日本代表選手のみならず、それに続く選手も充実している。以下は、21世紀になってからの各年の「世界リスト」の10位以内に入った選手名と50位以内に入傑した人数を示したものだ。09年までは、世界50位以内に数人が入る程度だったが、10年に10位以内に2人が入傑。
13年に鈴木雄介(富士通)が史上最高の2位となり、翌14年には同選手が世界1位に輝き、15年には「世界新」を樹立した。この年には10位以内に5人が名を連ね、50位以内にも10人が入った。以後、日本が世界を引っ張っている感じだ。
21年こそ10位以内2人、50位以内7人と人数が減ったが、地元の五輪では複数メダルを獲得し、その実力を世界に示した。
【2001年以降の各年世界10位以内の日本人入傑者と50位以内の人数】
<2001年> | ・50位以内 2人(トップは、26位) |
---|---|
<2002年> | ・50位以内 4人(トップは、12位) |
<2003年> | ・50位以内 5人(トップは、21位) |
<2004年> | ・50位以内 1人(35位) |
<2005・2006年> | ・50位以内 なし(トップは、05年が54位、06年が63位) |
<2007年> | ・50位以内 2人(トップは、29位) |
<2008年> | ・50位以内 1人(38位) |
<2009年> | ・50位以内 3人(トップは、23位) |
<2010年> | 5)1.20.06. 鈴木 雄介 |
7)1.20.12. 藤澤 勇 | |
・50位以内 5人 | |
<2011年> | ・50位以内 1人(38位) |
<2012年> | ・50位以内 4人(トップは、26位) |
<2013年> | 2)1.18.34. 鈴木 雄介 |
・50位以内 8人 | |
<2014年> | 1)1.18.17. 鈴木 雄介 |
3)1.18.41. 高橋 英輝 | |
・50位以内 8人 | |
<2015年> | 1)1.16.36. 鈴木 雄介=世界新 |
4)1.18.03. 高橋 英輝 | |
6)1.19.08. 藤澤 勇 | |
6)1.19.08. 松永 大介 | |
8)1.19.12. 小林 快 | |
・50位以内 10人 | |
<2016年> | 1)1.18.26. 高橋 英輝 |
2)1.18.45. 藤澤 勇 | |
3)1.18.53. 松永 大介 | |
・50位以内 9人 | |
<2017年> | 2)1.18.18. 高橋 英輝 |
3)1.18.23. 藤澤 勇 | |
8)1.19.03. 山西 利和 | |
・50位以内 11人 | |
<2018年> | 2)1.17.26. 高橋 英輝 |
3)1.17.41. 山西 利和 | |
4)1.17.46. 松永 大介 | |
8)1.19.13. 池田 向希 | |
10)1.19.15. 藤澤 勇 | |
・50位以内 12人 | |
<2019年> | 1)1.17.15. 山西 利和 |
2)1.17.24. 川野 将虎 | |
3)1.17.25. 池田 向希 | |
5)1.17.47. 鈴木 雄介 | |
6)1.17.52. 藤澤 勇 | |
7)1.18.00. 高橋 英輝 | |
・50位以内 8人 | |
<2020年> | 1)1.17.36. 山西 利和 |
2)1.18.22. 池田 向希 | |
3)1.18.29. 高橋 英輝 | |
4)1.18.36. 鈴木 雄介 | |
5)1.18.42. 古賀 友太 | |
・50位以内 13人 | |
<2021年> | 2)1.17.20. 山西 利和 |
6)1.18.04. 高橋 英輝 | |
・50位以内 7人 |
22年2月5日現在の世界歴代100傑に入っているのは、
1)1.16.36. 鈴木雄介(富士通) | 2015.3.15 |
5)1.17.15. 山西利和(愛知製鋼) | 2019.3.17 |
10)1.17.24. 川野将虎(東洋大) | 2019.3.17 |
11)1.17.25. 池田向希(東洋大) | 2019.3.17 |
13)1.17.26. 高橋英輝(富士通) | 2018.2.18 |
22)1.17.46. 松永大介(富士通) | 2018.2.18 |
26)1.17.52. 藤澤 勇(ALSOK) | 2019.3.17 |
66)1.18.42. 古賀友太(明 大) | 2020.3.15 |
84)1.19.00. 野田明宏(明 大) | 2019.2.17 |
84)1.19.00. 荒井広宙(埼玉陸協) | 2019.2.17 |
97)1.19.12. 小林 快(早 大) | 2015.3.15 |
100傑内の人数では26人の中国、25人のロシアに次いで3番目だ。
競歩の世界記録には平均的高校生14人がかりで走っても2km以上の差で完敗!
世界記録(当然、日本記録でもある)は、1時間16分36秒 鈴木雄介(富士通)2015年3月15日 能美。大会記録は、1時間17分20秒 山西利和(愛知製鋼)2021年2月21日。
【世界記録(日本記録)のペース】
・2km毎は筆者の計時。5km毎は正式計時。2km | 7.45. | 7.45. | ||
---|---|---|---|---|
4km | 15.17. | 7.32. | ||
5km | 19.04. | 19.04. | ||
6km | 22.51. | 7.34. | ||
8km | 30.28. | 7.37. | ||
10km | 38.06. | 7.38. | 19.02. | 38.06. |
12km | 45.45. | 7.39. | ||
14km | 53.22. | 7.37. | ||
15km | 57.15. | 19.09. | ||
16km | 1.01.06. | 7.44. | ||
18km | 1.08.46. | 7.40. | ||
20km | 1.16.36. | 7.50. | 19.21. | 38.30.(前後半差▽0.24.) |
【大会記録のペース】
5km | 19.22. | 19.22. | |
---|---|---|---|
10km | 38.38. | 19.16. | 38.38. |
15km | 58.00. | 19.22. | |
20km | 1.17.20. | 19.20. | 38.42.(前後半差▽0.04.) |
文部科学省のデータによると、2020年の12歳(中学1年生)から19歳(大学2年生)の各年齢で1500m持久走の平均タイムが最も速かったのは、17歳(高校3年生)の「6分24秒06」。1000m換算で4分16秒04のスピードだ。平均的な高校3年生の男子がこのタイムで1.5kmずつ13人と0.5kmをリレーして20kmを走ると「1時間25分20秒8」。
20kmWの世界記録(1.16.36.)には8分45秒、大会記録(1.17.20.)にも8分01秒離される計算だ。距離にして、2km前後の差をつけられることになる。
20kmWの世界記録1時間16分36秒の平均スピードを1500mに換算すると5分44秒7(1000m3分49秒8)。高校3年生の1500m走の平均値と標準偏差(56秒0)から算出した20kmW世界記録の1.5kmの平均タイムの偏差値は「57.0」になる。
「偏差値57.0」ということは、全体の上位から24.2%の位置。100人中の上位24番目だ。
1990年頃まで(?)の小中学校での通信簿の5段階相対評価は、「5=7%。偏差値65以上」「4=24%。偏差値55~65」「3=38%。偏差値45~55」「2=24%。偏差値35~45」「1=7%。偏差値35以下」が基準となっていた。これからすると「偏差値57.0」は、「4」ということで、40人のクラスでは10番目あたりの位置になる。
元気な男子高校生で、しかも100人中24番目くらいの1500mの走力がある子が14人でリレーして、何とか鈴木の世界記録といい勝負ができるのである。
このように、「歩く」といっても、とてつもなく速いのだ。
筆者が関わる大学生で10000mW40~41分台くらいの選手でも、ロスオブコンタンクト(両足が地面から離れる)という歩型違反を無視して全力で歩けば400mなら80秒くらい、100mなら18秒台くらいで歩ける。
世界陸連が世界記録を公認する種目ではないが、1マイルW(1609.344m)の世界最高記録は、5分31秒08(1500m換算5分08秒5)である。
中学・高校時代に1500m持久走を走った方も多いとは思うが、5分08秒で走れるのは、陸上部員や運動部のごく一部の人だったことだろう。ご自身の1500mのタイムはどれくらいだっただろうか?
先に紹介した高校3年生の平均値と標準偏差から、1500m5分08秒5の偏差値を求めると、「63.5」。「偏差値63.5」は、上位から8.8%の位置。100人中9番目、男子のみの40人のクラスならば3番目か4番目で、先の5段階評価では、「『5』に近い『4』」ということになる。
ちなみに3000mWの世界最高は10分30秒28(室内の記録。1500m平均5分15秒14)、5000mWは18分05秒49(1500m平均5分25秒65)だ。さらにもっと長いロード50kmWの世界記録は3時間32分33秒(1.5km平均6分22秒6)、100kmWの世界最高は8時間38分07秒(1.5km平均7分46秒3)。これからすると、先にみた高校3年生の1500mの平均値6分24秒06の33人が走ってリレーしても、50kmWの世界記録には50秒ほど及ばないことになる。
50kmWの世界記録3時間32分33秒がマークされた時の40kmの通過記録から42.195kmの通過タイムを推定すると「3時間00分17秒」だ。最後の10kmは41分12秒とペースアップしているので、50kmトータルの記録から42.195kmのタイムを比例計算で求めると「2時間59分23秒」となる。
市民ランナー向けの月刊誌「ランナーズ(アールビーズ発行)」の集計によると、コロナ以前の16~18年度には日本国内ではエリート選手から市民ランナーを含めて年間36~37万人台くらい(うち男性が30万人弱、女性が8万人弱)がフルマラソンを完走していた。そのうち、市民ランナーにとっては憧れの「サブスリー(3時間切り)」を達成できたのは、男性で3%ほど(9千人弱)、女性では0.4%ほど(3百数十人)だった。それくらいのタイムで、50kmWの世界記録保持者はフルマラソンの距離を通過し、あと8kmあまりを歩いてしまうのだ。
日本では、09年の輪島での日本選手権50kmWの時に、42.195km地点の通過タイムが非公式に計時されたことがある。3時間40分12秒の当時の日本新記録で優勝した山崎勇喜(長谷川体育施設)の42.195kmは3時間06分06秒だった。
現在の日本記録3時間36分45秒の川野将虎(東洋大)の40kmと45kmの通過記録から42.195kmの通過タイムを推定すると「3時間04分29秒」になる。
競歩選手の速さを実感していただけただろうか?
競歩選手が「走った記録」は??
話は少々それるが、「とても速く歩ける競歩選手」が「走った記録」はどうなのか?
先に紹介した世界歴代100傑内の11人の記録を調べてみた。
1)1.16.36. 鈴木雄介 | 辰口中(石川)時代から競歩専門で走った記録は見つけられず |
---|---|
5)1.17.15. 山西利和 | 5000m14.58.85(13年/堀川高3年) |
10)1.17.24. 川野将虎 | 5000m16.21.35(14年/御殿場南高1年) |
11)1.17.25. 池田向希 | 5000m16.48.14(15年/浜松日体高1年) |
13)1.17.26. 高橋英輝 | 10000m33.31.01(12年/岩手大2年) |
22)1.17.46. 松永大介 | 横浜高時代から競歩専門で走った記録は見つけられず |
26)1.17.52. 藤澤 勇 | 中野実高時代から競歩専門で走った記録は見つけられず |
66)1.18.42. 古賀友太 | 5000m14.54.18(16年/大牟田高2年) |
84)1.19.00. 野田明宏 | 3000m9.03.51(10年/和泉中3年・大阪)5000m15.28.83(12年/清風高2年) |
84)1.19.00. 荒井広宙 | 中野実高時代から競歩専門で走った記録は見つけられず |
97)1.19.12. 小林 快 | 5000m14.52.54(2012年/早大2年)15.03.91(10年/秋田工高3年) |
上記の通り、走る方の記録は様々だが5000m14分台が山西・古賀・小林の3人。また、野田の中学時代の3000m9分03秒51というのもなかなかレベルが高い。競歩のレベルが日本代表クラスになってから走った選手は見当たらなかったが、十代の頃には上記のような走力だったことがわかる。
古い話だが、85年国体の5000mWで優勝(22.43.9)した築田城(ちくだ・しろき)という清風高校3年の選手は、2カ月後の全国高校駅伝の1区10kmを走り12位(30.55.)でタスキをつないでいる。前年の全国高校駅伝でも1区を走り14位(30.47.)だった。「文武両道」ならぬ「走歩両道」である。
また、80年代から90年代に活躍した園原健弘(明大→アシックス)も「走歩両道」の選手だった。
明大4年生の83年4月に20kmWで1時間26分56秒の日本記録をマーク。年が開けた84年には元旦競歩に出場(歩型の注意を何度か受け後半に途中棄権)。その2日後には箱根駅伝の8区(21.4km)を走り、1時間12分50秒で20校中の区間14位。チームの順位を18位から17位に引き上げた。
園原の「本職の競歩」での日本記録更新は、5000m1回(20分38秒5/85年)、10000m1回(43分11秒7/85年)、10km1回(42分33秒/86年)、20km1回(1時間26分56秒/83年)、トラックの2時間1回(25739m=30000mの途中記録/87年)、30000m1回(2時間19分49秒2/87年)、30km3回(2時間25分39秒=50kmの途中計時/87年、2時間18分57秒=50kmの途中計時/87年、2時間15分34秒/89年)、50km3回(4時間08分27秒/87年、4時間00分11秒/87年、3時間56分56秒/92年)の計12回。トラックの2時間と30000mは今も日本記録として残っている。50kmでは世界選手権に2回(87年21位、91年23位)、五輪に1回(92年22位)出場した。得意とする50kmでは、それまで4時間11分39秒だった日本記録を5年間で14分43秒も引き上げた。
競歩のルール
このページをご覧頂いている多くの方には説明不要かもしれないが、よくご存知でない方もいらっしゃるかもしれないので簡単に、いや、かなり詳細にルールや審判のやりかたなどを紹介しておく。すでによく知っていらっしゃる方は、読み飛ばして頂きたい。
◆歩型に関するルール(定義)とその判定◆
歩型には2つの定義がある。1)両足が同時に地面から離れることなく歩く(つまり常にどちらかの足が地面に接していること。厳密には、両足が同時に地面に接している瞬間があるということになろう)。これに違反すると「ロス・オブ・コンタクト」という反則になる。競歩関係者の間では、「ロスコン」と略されることが多い。
2)前脚が接地した瞬間から垂直の位置になるまで、まっすぐに伸びていなければならない。これに違反すると「ベント・ニー」という反則になる。こちらの略は「ベント」だ。
ロードで行われる今回の20kmのレースでは、主任を含めて6~9人の競歩審判員がその任にあたる(トラックでのレースでは通常は6人)。なお、今回の日本選手権では、「JRWJ(Japan Race Walking Judge)」という日本陸連の講習や試験をパスした資格を有する競歩審判員が担当する。
歩型は競歩審判員が、コース上に分散してそれぞれが独立して目視で判定する。判定する区間は概ねではあるが、選手の進行地点から5~6m離れ、選手が45度の角度に来た時から真横を通過するまでの距離にして6~7mのことであることが多い。
◆「イエロー・パドル(注意)」について◆
上記の2つの歩型の定義に違反しているおそれを少しでも競歩審判員が感じた場合、即座に違反の種類を示すマークが黄色いパドルの両面に黒色で記されている「イエロー・パドル」を該当する選手に示す。「~」のような波形の印があるのが「ロス・オブ・コンタクト」を、ひらがなの「く」の字のような印が「ベント・ニー」を示す。「歩型があやしいよ。改善しないとだめだよ」という「注意」の意味のパドルだ。パドルを示したあと競歩審判員は、競歩審判記入用紙にパドルを示した選手のナンバーと注意の種類を時刻(○時○分)とともに記入し、競技終了後に競歩審判員主任に提出する。
なお、「イエロー・パドル」は、6~9人の競歩審判員の全員から提示されても「失格」にはならない。
この点は、競歩のルールにあまり詳しくない人には誤解があることも多いようだ。
筆者の知り合いで、陸上競技観戦歴が数十年という方が、トラックでのインカレのレースを見ていた時、「あーあ、あの優勝候補の選手、3回目のパドルを出された。失格だあ~~」とおっしゃった。
「イエロー・パドル」はあくまでも「注意」であって、何人の審判員から出されようとも大丈夫なのである。
なお、同じ競歩審判員が同じ選手に同じ種類の違反を2度出すことはできない。「ロス・オブ・コンタクト」と「ベント・ニー」は、それぞれ1回ずつ同じ選手に出すことができる。
◆「レッドカード(警告)」について◆
「注意」にあたる「イエロー・パドル」を出された選手の歩型がその後も改善されずに違反のまま歩いていると競歩審判員が判断した場合、次は「レッドカード(警告)」ということになる。その際にはパドルを出すなどはしない。選手には伝えず、競歩審判記入用紙のレッドカードの欄に記入し、次に手許の小さな赤い用紙(レッドカード)に選手のナンバー、違反の種類とその時刻(○時○分)を記入して、横に待機しているレッドカード運搬が任務の連絡員(補助員)に手渡す。その連絡員は、トラック競技では小走りで、ロード競技では自転車などを使って、フィニッシュライン付近の競歩審判員主任に届ける。
ただし、五輪・世界選手権・国際大会などの大きな競技会では競歩審判員がそれぞれ入力用のタブレットを持っていて、その画面をタップしてそのまま情報を送信することも多い。その場合、連絡員はいない。
集計担当者(競歩記録員)は、レッドカードの情報を競歩審判集計用紙に記入する。それとともに選手に「レッドカード」が出されたことを知らせるため、フィニッシュライン付近に設置された多くはホワイトボードの「競歩掲示板(レッドカード掲示板)」に、マグネット付きの赤いシールをその選手のナンバーの横に貼り付ける。なお、シールには、警告の種類がわかるように「~」か「く」のマークが記されている。選手は周回毎にそのボードを確認し、もしも自分に2つのレッドカードがついているようなら、歩型をより意識したり、無理してスピードアップしないことなどに注意しながら歩く。
なお、競歩審判員は、同じ選手に「ロス・オブ・コンタクト」か「ベント・ニー」のいずれか1枚のみしか出すことができない。
◆「ペナルティゾーン」について◆
18年以前のルールでは「レッドカード」の累積が3枚以上になったことを競歩審判員主任が確認し終えた時点でその選手は失格となっていた。しかし、19年のルール改正で、国際競技会や今回の日本選手権などのような主要な競技会では「ペナルティゾーン」というシステムが実施されることになった。14年から海外でのジュニアのレースや国別対抗の競技会などでは失格を減らすために導入されていたが、シニアの国際大会でも18年から試験的に実施されるようになった。
このシステムは、3枚のレッドカードが確認されたあと、その選手はフィニッシュライン付近に設けられた所定のエリア(ペナルティゾーン)に入ってレースの距離ごとに定められた時間を待機したのちにレースに復帰できるというものだ。今回の20kmのレースではその時間は「2分」である。なお、5km・5000mの場合は「30秒」、10km・10000mの場合は「1分」、50kmの場合は「5分」。22年からは50kmがなくなって35kmになるのでこちらは「3分30秒」となる。
所定の時間とどまったあと、レースに復帰できるが、4枚目のレッドカードが確認された時点で失格となる。
このルールを採用する競技会では、以前ならば「レッドカード3枚」で失格になっていたのが「4枚」になった。しかし、20kmで「2分の待機」は、他の選手との実力に大きな差がないことには、挽回することは難しい時間だ。20kmのトップレベルの選手のスピードならば500mちょっとの大差がつく。
ただ、こんなことがあった。
18年8月のジャカルタ・アジア競技大会の50kmWで優勝(4時間03分30秒)したのは勝木隼人(自衛隊体育学校)だった。が、この時は「ペナルティゾーンでの待機」になってしまった。
丸尾知司(愛知製鋼)と28km手前からマッチレースの展開に。しかし、34km手前で3枚目のレッドカードをもらい勝木は5分間の“足止め”を余儀なくされた。レースに復帰した時は4位。先頭の丸尾とは5分差、距離にして1kmあまり。が、「あと16kmある」と勝負をあきらめなかった。35kmで1分05秒あった2位の中国人選手との差をどんどん縮める。30℃を超える暑さの中でスピードが落ちた中国人選手を41km付近でとらえる。先頭の丸尾も一人になってから大幅にペースダウンし42kmでは勝木が追いつき逆転。そのまま勝木がトップでフィニッシュして「大逆転・金メダル」となったのだった。
◆「失格」についてのあれこれ◆
上述の通り、今回の日本選手権では「レッドカード4枚」で「失格」となる。「失格」の告知は、競歩審判員主任から「レッド・パドル」が選手に提示される。通常は、競歩審判員主任は、途中での歩型判定には関与しない。が、国際大会や日本選手権など主要競技会ではフィニッシュ直前の最後の100mは主任が判定に加わる。
そして、それまで1つのレッドカードがついていなくとも、主任の判断で「一発失格」を言い渡すことができる。
レース最終盤に順位を競って「歩く」ではなく「走る」選手を防ぐために国際陸連(現、世界陸連)が決めたルールだ。
そのルールがなかった40年ほど前の関東インカレでのこと。10000mWの最後で上位を争っていた一人の選手が、最後の50mくらいから、それこそ走った。競歩を初めて見た人の眼にも「走っている」とわかったようで、スタンドは「えーーっ! 走ってる」とざわついた。それまでその選手には、まったくレッドカードがついていなかったか、ついていても1つだった。よって当時のルールでは最後にレッドカードがついても3つにはならず、そのまま表彰台に登ることになったのだった。
その頃、諸外国でも同じようなことが起こっていたのだろう。それから数年後だったかに「主任による一発失格」というルールを国際陸連が導入したのだった。
なお、レース終盤でレッドカードがついた場合には、その選手のフィニッシュまでに用紙が届かず、レース後の集計で「失格」であることが判明する場合もある。
ずいぶん前の海外でのある世界大会でこんなことがあった。
日本人選手のひとりが、入賞はならなかったものの、それまでの日本人過去最高を上回る順位でフィニッシュ。筆者を含め数人の記者が、ミックスゾーンでその選手を取材していた。自身の成績に満足しているようで、にこやかに記者からの質問に答えていた。
数分後、役員がその場にやってきた。英語でその選手に名前を確認した。それに頷くと、選手の顔の前にレッド・パドルを差し示した。にこやかだったその表情は一気にくもった。小さな声で、「すみません」と記者達に一礼し、その場を足早に去っていったのだった。何とも残酷なシーンだった。
「世界記録を上回る日本記録」が生まれる可能性も……
今回の男子のレースでは、世界記録やアジア記録(現在は、「世界記録=アジア記録=日本記録」である)を上回る日本記録が生まれる可能性がある。冒頭でも少しふれたが、国際競歩審判員(IRWJ=International Race Walking Judge)の関係のためだ。事情はこうだ。
世界記録やアジア記録あるいは五輪や世界選手権の参加標準記録突破した場合、それを認めてもらうためには、世界陸連に認定された国際競歩審判員の資格を有する少なくとも3人の審判員が含まれていなければならない。が、日本にはその有資格者が2人しかいない。そのため、海外から国際審判員を招へいしようとしていたが、コロナのため困難になった。
よって、もしも世界新記録やアジア新記録が生まれても認められない。
なお、世界陸連の本来のルールからすると、世界選手権の参加資格記録(1時間21分00秒)をクリアしても認められないことになっていた。が、コロナ禍における日本の状況や国内での審判体制などを世界陸連が総合的に判断し、世界記録やアジア記録以外の参加標準記録などは「特例」として認めてくれることになった。「良かった、良かった」である。
なお、当初から国際競歩審判員の人数に関わらず日本新記録は認められることになっていた。
ということで、「1時間16分36秒」の世界記録(日本記録でもある)を上回る記録が生まれた場合、「日本記録の方が世界記録よりも速い」という何とも不思議な事態になる可能性もある。
と、最後は「記録と数字で楽しむ」というタイトルとは、大きく異なる「競歩の詳細ルール解説」の超長文になってしまったが、競歩についての理解をより深めていただければ幸いである。
野口純正(国際陸上競技統計者協会[ATFS]会員)
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