第69回全日本実業団対抗陸上競技選手権大会が9月24~26日、大阪市のヤンマースタジアム長居において行われました。新型コロナウイルス感染症拡大に伴う緊急事態宣言が9月末まで延長されたことにより、実施が危ぶまれた時期もありましたが、主催・主管を務めた日本実業団陸上競技連合(日本実業団連合)・大阪陸上競技協会(大阪陸協)の尽力で、入念な準備と徹底した予防策が施されて開催が実現。さらに、タイムテーブルの組み直し、観戦場所の制限、体調管理の確認などの措置をとったうえで、1日あたり5000人を上限としつつも観客の入場を可能にしました。
長いキャリアを持つアスリートの参加が多いこの大会は、選手の家族や仲間が応援に駆けつける場面、あるいはベテラン選手が「現役最後の試合」として臨む場面がよく見られます。それだけに、この対応は、関係するたくさんの人々を喜ばせました。例年のような力強い「声援」は、今年も聞くことは叶いませんでしたが、会場内ではそれに代わる温かな拍手が響き、選手たちのパフォーマンスを後押ししていました。
MVPは金井と萩谷、小池と青木益が2冠を獲得!
活躍が目を引いたオリンピアンたち
1週前に行われた日本インカレで、学生オリンピアンが戦ったように、この大会にも、日本代表として東京オリンピックに出場した多くの実業団アスリートがエントリー。コンディションが整わずに出場を見合わせたり、予選でレースを終えたりするケースもあったものの、複数の選手が好成績や好記録を残し、会場やオンラインで応援したファンを魅了しました。ここでは活躍が目立った選手をご紹介します。
男子110mハードルでは、東京オリンピックで準決勝に進出した金井大旺選手(ミズノ)が、石川周平選手(富士通)との大接戦を制して優勝を果たしました。歯科医を目指す金井選手は、以前から東京オリンピックを集大成にアスリートとしてのキャリアに区切りをつけるとして、今季限りで現役引退を表明しており、全国クラスの大会は、この全日本実業団がラストレース。石川選手と最終ハードルをほぼ同時に越えたあと、最後の6歩の鍔迫り合いで100分の2秒差をつけて先着し、大会新記録となる13秒48(+1.1)をマークしました。この結果が評価されて、男子優秀選手にも選出。まさに有終の美といえる成績を残しました。
女子で優秀選手に選ばれたのは、東京オリンピック5000mに出場した萩谷楓選手(エディオン)。萩谷選手は、初日に行われた1500mで、東京オリンピック1500m代表の卜部蘭選手(積水化学)をラストでかわし、日本歴代9位となる4分11秒34と大幅に自己記録を更新して日本人トップの2位に。最終日の5000mでは、序盤から先頭集団を牽引する果敢なレースを展開し、外国人選手にはラストで突き放されたものの、日本人としては5人目、自身初の14分台で日本歴代4位となる14分59秒36をマークして、日本人最上位の4位でフィニッシュ。東京オリンピックで突破済みのオレゴン世界選手権参加標準記録(15分10秒00)を再び上回る快走を見せました。
2冠を達成したのは、東京オリンピックで男子100mと同4×100mリレーに出場した小池祐貴選手(住友電工)と、女子100mハードルに出場した青木益未選手(七十七銀行、100mハードル日本記録保持者)。小池選手は、2日目に行われた100mでは、坂井隆一郎選手を0.02秒押さえて10秒19(-0.5)で先着、200mは序盤から力強い走りで後続を引き離し、2位以下に0.2秒の差をつける20秒55(+2.9)でフィニッシュラインを駆け抜けました。一方の青木選手は、どちらも向かい風となったなか、100m(11秒60、-0.1)・100mハードル(13秒34、-0.5)ともに接戦を制してのダブルタイトル。100mは環太平洋大2年の2014年にマークした11秒68を更新する自己新記録でもありました。
男子5000m競歩は、東京五輪男子20km競歩代表の高橋英輝選手(富士通)が19分14秒42をマークして圧勝。女子5000m競歩には、女子20km競歩代表の岡田久美子(ビックカメラ)、藤井菜々子(エディオン)、河添香織(自衛隊体育学校)の3選手が揃って出場し、1~3位でフィニッシュ。この3選手までが21分台でのフィニッシュとなりました。優勝した岡田選手は21分24秒95をマーク。2位の藤井選手に20秒以上の差をつけ、この種目でも日本記録(20分42秒25)を持つ者ならではの貫禄も示す結果となりました。
オリンピックには男子3000m障害物で出場した青木涼真選手(Honda)が、この大会には1500mと5000mで出場。1500mでは3分40秒94の自己新をマークして、今季3分35秒42の日本記録を樹立している河村一輝選手(トーエネック)に続き、日本人2番手の3位でフィニッシュ。5000mでも、7月に出した自己記録(13分32秒31)を10秒以上更新する13分21秒81(日本歴代12位)をマーク。ジョナサン・ディク選手(日立物流)ら外国人選手を押さえ、優勝したジャスティス・ソゲット選手と、Honda勢によるワン・ツー・フィニッシュを達成し、ロードシーズンに向けて、大きく力をつけてきている様子を伺わせました。
このほかでは、女子1500mオリンピック代表の卜部選手は、前述の通り1500mでは日本人2番手の3位でしたが、800mでは2分06秒39で2連覇を達成。また、東京オリンピック男子4×400mリレーで日本タイ記録樹立メンバーの佐藤拳太郎選手(富士通)は、この大会には200mと両リレーに出場。200mは20秒89(+2.9)で4位、4×100mリレーでは2走を、4×400mリレーでは1走を務めて富士通のリレー2冠獲得に尽力。チームの男女総合優勝に貢献しました。
男女総合は富士通が2年ぶり10回目の戴冠!
澤野、森岡、高瀬らの花道飾る
この大会は、参加する実業団チームで、男女総合、男子総合、女子総合の3の対抗成績も競われます。男子総合は、77点を獲得した富士通が、2位のHonda(38点)にダブルスコアで圧勝。男女総合でも、43点を獲得して2位となった九電工(男子7位、女子3位)に34点の大差をつけて、2年ぶり10回目の優勝旗を獲得し、今季を区切りとする6名の所属選手たちを勝利で送り出しました。女子総合を制したのは、七十七銀行。トラック種目を中心に31点を獲得し、前年に女子総合、男女総合を制した東邦銀行(27点)を4点差で押さえています。
五輪代表以外の選手で、この大会が来季以降の飛躍の契機となりそうな印象を持ったのは、女子短距離の松本奈菜子選手(東邦銀行)。優勝したのはアンカーを務めた4×100mリレーのみでしたが、青山聖佳選手(大阪成蹊学園職)が52秒60の大会新記録で制した400mを、予選(53秒22)・決勝(53秒02)と2レース連続で自己記録を更新して2位に。決勝の53秒02は日本歴代6位に浮上する好記録でした。また、最終日の200mでは、予選で初の23秒台突入となる23秒83(+0.9)をマークすると、決勝でも23秒88(-0.4)のセカンドベストで、3位に食い込んでいます。女子200mでは、大石沙也加選手(セレスポ)が0.4mの向かい風となった決勝で23秒76の自己新記録をマークして3連覇を達成。大石選手は、3位(11秒67、-0.1)に食い込んだ100mでも自己記録を更新しています。このほか、女子三段跳では森本麻里子選手(内田建設)が追い風参考(+2.5)ながら13m43の好記録で3連覇を達成。森本選手は、今年に入って、日本選手権室内、日本選手権をはじめとして、日本GPシリーズ(静岡、水戸)、Ready Steady Tokyoといった国内主要大会を制している選手。“ブレイク間近”を感じさせました。
また、男子400mハードルでは、東京オリンピック代表の安部孝駿選手(ヤマダホールディングス)は出場しなかったものの、歴代のオリンピックや世界選手権日本代表などが多数顔を揃える豪華なレースに。勝負は、2019年ドーハ世界選手権代表で、東京オリンピックは参加標準記録を突破しながら代表入りには僅かに及ばなかった豊田将樹選手(富士通)が、同じ法大の先輩で、2012年ロンドン五輪、2013・2015年世界選手権日本代表の岸本鷹幸選手(富士通)をラストで逆転し、49秒75でこの大会初優勝。岸本選手とのワン・ツー・フィニッシュで、総合優勝にも大量得点をもたらしました。
著名アスリートが多数引退
“最後のパフォーマンス”に労いの拍手響く
オリンピックイヤーというのは、ベテラン競技者の節目の年ともいえます。今回の東京オリンピックでは、1年延期という異例の事態を伴ったことも重なって、大会を終えた今季を区切りとするアスリートが多く、この全日本実業団でも、“最後の全国大会”あるいは“引退試合”として競技に臨む場面が各種目で見られました。
男子棒高跳では、日本記録保持者の澤野大地選手(富士通)が、この大会で28年の競技生活に幕を引きました。
1980年生まれの澤野選手は、千葉・印西中時代に棒高跳と出合い、成田高2年の1997年インターハイで全国初優勝を果たすと、翌1998年インターハイで5m40のジュニア日本記録(現U20日本記録)・高校記録を樹立して2連覇を達成。日大1年にはU20日本記録を5m50まで更新すると、3年時の2001年には5m52の学生記録をマーク。社会人1年目の2003年には5m75の日本記録を樹立し、2004年に5m80に、2005年には今も日本記録として残る5m83へと更新しました。世界大会には、初出場を果たした2003年パリ世界選手権で決勝に進出(直前のケガにより決勝は棄権)して以降、2004年アテネ五輪で再び決勝に進んで13位、2005年世界選手権で初の8位入賞を達成しました。その後、世界選手権には2007年、2009年(決勝進出)、2011年(決勝進出)、2013年、そして39歳で臨むことになった2019年と、全7大会に出場。2006年には国際陸連(現WA)が主催するグランプリシリーズを単独で転戦して、この種目で日本人初のワールドアスレティックファイナル(グランプリシリーズ上位者のみが出場できる最終戦)への進出(6位)を果たしたほか、ワールドカップで2位に。オリンピックでは、アテネ大会に続いて2008年北京大会と1大会空けて2016年リオ大会に出場、35歳で臨んだリオ大会では日本人ボウルターとして64年ぶり、自身世界大会最高位となる7位入賞を果たしています。
近年では、母校である日本大の専任講師と陸上部のコーチを務めるほか、日本オリンピック委員会(JOC)理事やアスリート委員長などの要職も担いながら競技を続けてきました。集大成として出場を目指した東京オリンピックは、最終選考会となった日本選手権で10位(5m30)に留まったことで実現はなりませんでしたが、この挑戦を最後として、今季で第一線を退くことを、自身41歳の誕生日となる9月16日に、所属先の富士通を通じて発表していました。
競技後、メディアに向けて行われたオンライン会見で、思い出に残る試合を問われた際、「全部が思い出に残っている」としながらも、活躍が期待されたなか記録なしに終わった2007年大阪世界選手権、悪天候下の壮絶なジャンプオフの末に敗れてロンドン五輪出場を逃した2012年日本選手権と、長居競技場で経験した、競技者としては悔しく、苦い思い出が残る2つの試合を挙げた澤野選手。その長居競技場で迎えた最後の試合は、家族も見守るなか5m20から試技を始めて、この高さを1回でクリアしたものの、続く5m30を攻略することができず、ここで競技を終了。澤野選手は、マットの上で観客席に向かって一礼したのちに、両手を挙げてスタンドからの拍手に応えました。試技のあとポールを受け取ってテントに戻る際に、瞳を潤ませながら「ああ、もうちょっと跳びたかったなあ」という言葉を発しましたが、競技終了後は、アスリートとしての28年間を「本当に幸せな競技人生だった」とコメント。今後は、母校・日本大の教員として陸上部のコーチングにあたるほか、富士通陸上部のアドバイザーとして、指導者としての道を進んでいくことになります。
富士通では、20km競歩と50km競歩の両種目で、長く活躍してきた森岡紘一朗選手も、この全日本実業団5000m競歩を現役最後と位置づけ、レースに出場しました。森岡選手は、20km競歩で2005年世界選手権に初出場。以降は、2007年、2009年、2011年、2013年と、世界選手権は5大会に連続出場を果たしたほか、オリンピックも2008年、2012年、2016年の3大会に出場。徐々に20km競歩から50km競歩へと活躍の場をシフトさせ、2009年ベルリン世界選手権では20km競歩と50km競歩の2種目両方に出場した経歴を持つほか、2011年テグ世界選手権50km競歩では6位に、2012年ロンドン五輪50km競歩では7位に、それぞれ入賞。現在の日本競歩が強豪国と呼ばれる地盤を築き上げてきた人物です。ここ数年は、コーチングに重心を置くようになっていた背景もあり、この日も上位争いからは離れた位置でのレースとなりましたが、最後まで歩ききり、14位・22分24秒14でフィニッシュしました。
男子短距離では、100m10秒09、200m20秒14の自己記録をともに2015年にマークした高瀬慧選手(富士通)も、この大会でスパイクを脱ぎました。高瀬選手は、順天堂大で力をつけ、富士通入社後に日本代表として世界大会へと飛び出していった選手。2011年テグ世界選手権の4×400mリレーメンバーとして初出場を果たして以降、世界選手権は2013年、2015年と2大会に、オリンピックには2012年、2016年と2大会に出場。個人種目では200mで2012年五輪と2015年世界選手権で準決勝に進出、リレーでは2013年世界選手権4×100mリレーで6位入賞、銀メダルを獲得したリオ五輪では出走はなかったもののメンバーとして尽力しました。200mを中心に、100mや400mもしっかりと走れるマルチスプリンターとしての評価は非常に高く、長年、日本の4×100mリレー、4×400mリレーの両方で活躍。今や“お家芸”と評価されるようになった日本のリレーを支えてきた人物です。全日本実業団では、200mと両リレーに出場。200mはB決勝に進んで21秒46(+1.5)で4着という結果でしたが、4×100mリレーでは1走、4×400mリレーでは3走を務め、同じくこの大会で現役を退く橋元晃志選手とともに優勝メンバーに。2冠を獲得して総合優勝に貢献し、自らのラストレースに花を添えました。今後は、富士通で社業に専念する一方で、余暇を利用して指導者としての研鑽も積んでいくことを目指すそうです。
冒頭でも触れた男子110mハードルは、優勝とMVPを獲得した金井選手のほかに、矢澤航選手(デサント)にとっても最後の全国大会となりました。矢澤選手は、神奈川・岩崎中3年の2006年全日中110mハードルで中学新記録を樹立して優勝。その後、インターハイ、日本ジュニア選手権(現U20日本選手権)、日本インカレ、全日本実業団、国体、日本選手権と、年代別を含めた国内で開催される全国大会のタイトルをすべて獲得。7位入賞を果たした2010年世界ジュニア選手権(現U20世界選手権)をはじめとして、ユニバーシアード、アジア選手権等、日本代表として多くの国際大会を戦い、2016年にはリオデジャネイロオリンピックにも出場を果たしています。この大会では、予選は13秒97(+0.3)で4着となり、プラスの2番目での通過となったものの、決勝では13秒83(+1.1)とタイムを上げて、7位でフィニッシュ。レース後、法大の後輩で、長年、トレーニングをともにしてきた金井選手に声をかけ、ねぎらう姿が印象的でした。
金井選手が所属するミズノでは、長きにわたり女子短距離界を牽引してきた市川華菜選手(2012年ロンドン五輪、2011・2013年世界選手権リレー代表)と和田麻希選手(2009年世界選手権リレー代表)も、この大会で“卒業”を迎えました。100mにエントリーした市川選手は、12秒42(+1.4)で予選5着という結果。また、100mと200mの2種目に出場した和田選手は、100mは12秒19(+0.4)で予選6着、200mは25秒20(+0.9)で予選7着。ともにラウンド突破はなりませんでした。2人ともに近年は故障や痛みを抱えたなかでの苦しいレースが続いていただけに、レース後は、「最後まで走りきれた」とホッとした様子。晴れやかな表情で、スタンドに向かって手を振り、トラックをあとにしました。
また、この大会では、2009年ベルリン世界選手権男子やり投銅メダリストの村上幸史選手(テック)も、現役最後の試合として出場していました。村上選手は、日本歴代3位となる85m96(2013年)の自己記録を持ち、3大会連続出場したオリンピックでは2012年ロンドン大会で日本選手団の主将も務めています。41歳となった今年は3月末に72m49、6月の木南記念で70m29をマーク。この大会では、2回目に投げた68m63が最高記録(15位)で、トップ8進出はなりませんでしたが、村上選手がピットに立つたびに、出場している若手選手たちが、何かを学ぼうとするように、強い眼差しで村上選手の試技を見つめている様子が印象的でした。「内緒で終えるつもりだったので」(村上選手)と、引退試合であることは公表しておらず、そのため競技場内ではセレモニーの類いは行われませんでしたが、仲間内で引退を知った同じ時代を戦った多くの元選手たちが来阪。村上選手が「(最後の試合にすることが)なぜか広まっていた。でも、とても幸せだった」と、のちに振り返ったように、スタジアムから出てきた村上選手を囲んで温かな労いの場が設けられ、名スローワーを送りだしました。
このほかにも、男子競歩の小林快選手(新潟アルビレックスRC)、男子3000m障害物の篠藤淳選手(山陽特殊製鋼)、女子100mの世古和選手(乗馬クラブクレイン)など、トップランカーとして活躍してきた競技者が、今季で第一線を退くことを表明しています。自国開催のオリンピックを区切りに大きく世代交代が進んだ日本陸上界は、新たな時代に突入していくこととなります。
文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真:アフロスポーツ
■第69回全日本実業団対抗陸上競技選手権大会 大会ページ
https://www.jaaf.or.jp/competition/detail/1573/
■第69回全日本実業団対抗陸上競技選手権大会 公式サイト
http://www.jita-trackfield.jp/
■東京オリンピック 特設サイト
https://www.jaaf.or.jp/olympic/tokyo2020/
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