〇集合写真
左から、岩本トレーナー、長谷川選手、武井トレーナー(日本陸上競技連盟にて)
物理療法を生かして疲労回復や故障軽減を図り、好調を維持するには? さまざまな治療器の開発改良が日進月歩で進むなか、アスリートやトレーナーに使用状況や治療器に対する意見などを伺った。
<対談者>
●長谷川大悟選手
●岩本広明トレーナー
●武井隼児トレーナー
■複数の機器を使い分けるアスリート
Q.まず長谷川さんに伺います。物理療法を始めたのはいつ頃ですか?
長谷川 大学3年生です。ケガをして、選抜合宿のときに陸連のトレーナーに勧められて、セルフケアに取り入れるようになりました。小型で携帯できる治療器を買って…。
〇長谷川選手
<日頃のケアの大切さを語る、長谷川大悟選手>
Q.どんな効果がありましたか?
長谷川 筋肉の突っ張り感が和らいだり、関節の引っかかりが気にならなくなり可動域が広がったりと、練習による疲労や違和感があった身体の部位が、軽くなるんです。なので、それまではケガしてから整形外科とかで治療していたのを「ケガを防ぐ意味で使う」に変えました。
Q.そうやってオリンピックに出場されたんですね。一般の人でも実感できますか?
長谷川 はい。例えていうと、ディズニーランドで1日歩き回って、パンパンになった足の痛みやだるさがとれる。
Q.なるほど! とても分かりやすいです。
長谷川 僕たち陸上選手は0.1秒とか1センチとかを競い合うので、私生活の細かい部分にも細心の注意を払っています。大会や練習以外の時間は、次の練習に向けてセルフケアに充てる。質のいい練習のための準備です。
Q.今日携帯されている治療器は、手のひらサイズで小さいですね。
長谷川 ええ。軽くて、首にぶら下げて使えるのでとても便利。服の中に隠れて外から見えないし、パッドを患部に貼ってスイッチを入れるだけです。微弱電流なので治療している感覚もなく、入浴のとき以外いつでも使える。もう手放せません。
Q.物理療法機器は、高周波とか超音波とか超短波とか種類が多いですね。超短波は、まだ一般にはなじみがないように思えますが…。
長谷川 超短波は電波の振動で身体を深部から温めるので、寒い日に練習から帰ったときなどに使っています。僕は物理療法の機器を複数持っていて、使い分けています。
Q.さすが、トップアスリート!
■徒手と併用で、予想以上の効果を発揮
武井 物理療法は身体のコンディションを整えるだけでなく、現場的な肌感覚としては軽い腫れなんかはアイシングと併用すると早く治ったり、微細な損傷であればケガも早く治せたりするケースがあるでしょう。
Q.ケガが治る…?
岩本 私は鍼治療などのケアもしていますが、例えば関節周りの靱帯や深部の筋肉など、手が届きにくいところで生かして、回復につなげたり…。
〇武井トレーナー
<局所温熱効果で血行もよくなる、超短波によるケア、
武井隼児トレーナーからは、物理療法の面白い歴史エピソードも!>
Q.ははあ…。物理療法は古くからあるのですか?
武井 古代から太陽、熱、温泉、水、徒手などを用いた治療が世界各地でされていて、電気治療の本格的使用が広まったのは18~19世紀ですが、ギリシャではそれ以前に痛風治療に発電魚のシビレエイを用いたとか。
Q.シビレエイ! 笑えますが、人は大昔から試行錯誤してきたのですね。
岩本 私がこの仕事を始めた頃は、電気治療器は据え付けで大きいサイズだったので、選手は治療院に通わなければならなかった。施術の際に、治療器の設定を変えるのも難しかったな…。今は簡単に数値化できて扱いも楽だし、ハンディーサイズも出回って、日頃のセルフケアも手軽になりました。
武井 後輩にマッサージさせなくていい、お礼にご飯をおごらなくていい(笑)。もちろんリラグゼーションはやってもらうことに意味があるから、人の手ならではの部分は変えられないですけど。
Q.確かに、人にしてもらう心地よさは別物ですよね。
長谷川 岩本さんのゴッドハンドでケアしてもらいたいなあ…。
〇岩本トレーナー
<昨今は、物理療法の使い方も試行錯誤しながら進化中
岩本広明トレーナーの豊富な経験談に、一同興味津々>
Q.最高に気持ちいいメンテナンスでしょうね。岩本先生のこれまでの治療のなかで、忘れられない出来事はありませんか?
岩本 まだ微弱電流の治療器が出始めの1993年、海外遠征先で幅跳びの選手が足を捻挫しましてね、帰国直前だったので、持って行っていた治療器を飛行機の座席の下に押し込んで、患部を氷で冷やしながら併用で治療しました。7kgぐらいある重い機器で、確か300万したかな。「効果ありますように」と祈る気持ちでしたから、日本に着いたとき足が腫れてないので皆ビックリ! 「歩ける!」って本人もすごく喜んで…。最近の治療器はどの電圧でも使えるけど、当時は変圧器が必要で、通し忘れてヒューズが飛ぶなんてこともありましたね(笑)。
■筋肉に意識を向ける感覚を伝えられる
Q.今度は武井先生に伺いますが、病院で対応する患者さんに、何か特徴や傾向がみられますか?
武井 自分の身体を感じることができない子供が多いですね。「**の筋肉に意識を向けて」と言ってもできない。なので、まずその筋肉に治療器で刺激を与えて、感覚をつかませてから運動させることがあります。
Q.そういう使い方もできるんですね!そういえば、最近の子供は縄跳びが出来ないとか、スキップが出来なくて転んだとか聞いたことがあります。
長谷川 イベントで子供に運動を教えたりもするのですが、「片足で立てない子」が普通にいます。
Q えっ? 昨今は各地にスポーツクラブがあり、子供から高齢者まで日常的にいろんな運動を楽しめる時代だと思うのですが…。
岩本 日常の遊びのなかで身体を使ってないのです。だから「よく身体を動かす子」と「動かさない子」に二極化している。
Q.ははあ、公園でキャッチボール禁止のご時世ですものね。スマホやゲームに夢中の子も多いし。
岩本 アスリートは、どうすれば高い競技力を発揮できるか常に考えるので、セルフケアもルーティンに入れる。治療器のチョイスの範囲も増え、長谷川さんのようにこだわりを持ってやる人もいる。なかには無頓着な人もいますけどね(笑)。
長谷川 支えてくれる人がたくさんいても、最後は自分で解決しないといけない。
Q.なるほど。では最後に、物理療法の機器に何かリクエストはありませんか?
長谷川 電極のコードやパッドがなくなったらいいな。
岩本 機器の種類が多いので、いろいろやると時間がかかるんです。導子を使うものは、ゼリーやクリームを塗らなきゃいけないし「自分の手だと細かな加減ができるのに」と思うこともありますね。何とかならないかなあ(笑)。
武井 一度パッドを貼っただけで、患部の状態を読み取って、後は何もしなくても自動でケアしてくれるような機器がいいなあ。期待しています。
(聞き手 原納暢子)
<対談者プロフ>
●⻑⾕川⼤悟(はせがわ・だいご)
陸上競技男⼦三段跳選⼿
神奈川県横浜市出身。東海大学情報理工学部卒業後、日立ICTビジネスサービスを経て伊藤超短波所属。2015年・16年日本ランキング1位。16年織田幹雄記念国際陸上競技大会優勝(2連覇)、東日本実業団陸上競技選手権大会優勝(3連覇)、リオデジャネイロオリンピック出場。日本歴代4位記録(16m88cm)保持者。
●岩本広明(いわもと・ひろあき)
日本陸上競技連盟医事委員会トレーナー部部長、鍼灸師
兵庫県出身。大阪体育大学体育学部卒業後、ミズノのアスレティックトレーナーとして陸上選手を支え、国際大会にも度々帯同。97年日本体育協会(現:日本スポーツ協会)公認アスレティックトレーナー資格取得。陸上競技の日本選手団トレーナーとして、世界陸上競技選手権大会、オリンピック、アジア競技大会などに同行。
●武井隼児(たけい・しゅんじ)
日本陸上競技連盟医事委員会トレーナー部委員、理学療法士、日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー
群馬県出身。群馬大学医学部卒業後、筑波大学大学院を修了し「筑波大学附属病院水戸地域医療教育センター 茨城県厚生連総合病院 水戸協同病院リハビリテーション部」所属。陸上競技のトレーナーとして国内外の合宿や試合に帯同。