2020年東京オリンピック男子4×100mRでの金メダル獲得を目指し、強化を進めている男子短距離ナショナルチームが、7月5日から実施したヨーロッパ遠征。遠征期間中に参加選手の皆さんへ実施した特別インタビューとして最後にお送りするのは桐生祥秀選手(日本生命)です。
桐生選手は、今回、遠征最初のレースであるモロッコのラバトで行われたダイヤモンドリーグ第9戦「Meeting International Mohammed VI d’Athlétisme de Rabat」(以下、ラバトDL)に合わせて、7月9日にマドリッドに入り、13日に同大会の男子100mに出場。18日にスイスのベリンツォーナで行われた「Galà dei Castelli」で100mを2本走り、7月22日のロンドンDLで4×100mRに出場するというスケジュールとなりました。スイスでは、2本連続でシーズンベストとなる10秒13(+0.3)、10秒10(+0.4)をマークしています。
トレーニング、レースともに収穫があったという今回の遠征を、7月23日、ヒースロー空港において、帰国便に搭乗する直前に振り返っていただきました。
2戦目のスイスで、シーズンベストを2度更新
―――7月9日からの遠征が終わって、もうすぐ帰国です。まず、今回の遠征全体を振り返っていただきましょう。どんな遠征でした?
桐生:ここ2週間ちょっと、ヨーロッパにいて、いろいろな試合に出ることができました。また、日本では気温が40℃を超えるなど、すごく暑い日が続いているなかで、こちらでしっかり練習できたことは非常に大きかったと思います。
―――100mのレースでは、シーズンベストも更新できました。
桐生:そうですね。まだ全然満足できる記録ではないですが。でも、徐々に上がっていったらいいかなと思います。
―――遠征最初のレースとなったラバトDLは10秒20(-0.4、7位)でした。満足できていなかったような印象がありましたが…。
桐生:まあ、ラバトのレースがあって、スイスでやっと変わった感じがあるので、ラバトも走ってよかったと思いますね。
―――ラバトの走りはどんな感じで、それがスイスにどうつながっていった?
桐生:ラバトの走り自体には、あんまり感じるものはなかったけれど、あれがあったらから「そろそろ頑張らないと」じゃないけれど、走りを改めていろいろと考えることになりましたね。日本選手権のときにも話したように、今年はゼロ(スタート)から50mまでは、ギアをしっかり上げていくことができていて、そこまではいいんだけど、そこからトップスピードに上げていくところが全然できていなかったんですね。
それで、「なんでかな」と思って、ラバトの走りをもう一度考えてみたとき、ギアを上げていくところまではよかったんだけど、ギアが上がったあとに身体を立てて、これまでだったらそこからスピードが上がっていたところが、今年は、そこから上がっていなかったんです。(ギアを上げていくまでの)流ればかりを考えすぎていて、ギアが上がったことで満足しちゃって、(スピードを)そのまま維持していたんです。
―――そこからさらに上げていくことができていなかった?
桐生:そうです。いつもだったら、顔を上げて(身体を立てて)から力を入れて進んでいた部分を、今年は、顔を上げた瞬間に、そのときのスピードを保ってしまっていたんですよ。「そりゃ、スピード、出ないわ」と思って…(笑)。
―――ラバトを走ったことで、それに気づくことができた…。
桐生:はい、そこを、スイスのレースでやってみたわけです。スイスは、後半に懸ける感じで、逆に前半のギアを上げていくところは何も考えませんでした。でも、その(前半の)部分は、この半年間ずっとやってきていたことだったので、何も考えなくても行くことができて、それが後半につながった。ここまでやってきたことが、徐々にできてきているんだなと思いましたね。
―――スイスでは、1本目に10秒13のシーズンベスト、2本目は10秒10とさらに上げることができました。
桐生:はい。“走りを戻した”と言ってしまうとちょっと違うかもしれないけれど、タイムが出ているときって、けっこう力を入れているときにスピードが出ている感じがあったので、それをやりました。
―――意識したのはレースで?
桐生:そういう動きを(ウォーミング)アップのときにやったんです。腕を振って走るというか、中盤から上げていく感じで力を入れることを。それをアップの1時間だけやって、で、シーズンベストが2本出たので、これから修正していけば、まだまだタイムは出るなと思いました。なんか、ちょっと楽しくなったというか、そういう感じがしましたね。自分がやろうとした感じの走りができたので。あまり細かく考えずに勢いに任せて走ったのは本当に半年ぶりくらいでした。
―――きっと、それは、ずっと考えてやってきたからこそ、無意識でもできるようになってきているのでしょうね。
桐生:はい、そうですね。それがあったから、スタートを考えなくても、ほどほどには出られるようになったのだと思います。それができるようになったというのは大きいです。
いつも通りのレースができたロンドンDL
―――その勢いというか、いい状態になったままで、ロンドンDLを迎えることになりましたね。リレーを走って、どうでしたか?
桐生:バトンに関しては、僕のところは、飯塚さん(翔太、ミズノ、2走)もケンブリさん(ケンブリッジ飛鳥、Nike、3走)もずっとやってきたメンバーなので、不安はありませんでした。まあ、どちらもめちゃくちゃいいバトン(パス)ではなかったけれど、普通に渡る感じで行けたと思います。走りも、いつも通りの3走の走りができた感じでした。
―――優勝したイギリス(チーム1)のジェミリ選手が前に見えている状態だったと思います。追いついてやろうという意識は持っていたのですか?
桐生:ジェミリは内側のレーンでしたし、意識していなかったです。どちらかというと、内側の選手よりは、外側のレーンを走る選手を抜いていこうという意識で走っていましたから。外側にスイス(8レーン)がいて、オランダ(9レーン)もいたので。そこはあんまりジェミリだからとか考えていなかったですね。
―――実際にイギリスのタイム(37秒61)を見て、どんな感想を持ちましたか?
桐生:そうですね。37秒61、速いなというのと、タイムだけでいうとけっこう差があるな、と。自分たちがリオ(五輪)のタイム(37秒60)で走ったとしても、それでも接戦なので。ここからもっと個々の走力を上げていかなきゃなと思いました。
―――イギリスは、みんな9秒台で走っている選手ですからね。
桐生:はい。まあでも、イギリスは、今回、地元開催のレースだったわけで、ちょうど僕たちが5月に日本にやったゴールンでグランプリの逆バージョン(笑)。ムード的にもよかったんじゃないかと思いますね。それに、あとでみんなで話していたんだけど、リレーの場合は、けっこうレーンも重要かな、と。(ライバルよりも)内側で走ったほうが絶対にいいというのはあるよね、ということは話していました。
―――確かに。今回、日本は6レーン。その1つ内側の5レーンが、イギリスのチーム1でしたから。
桐生:はい。もし、逆だったら、日本のほうが外側のイギリスを基準に走ることができたので。逆に、今回、イギリスは日本を見ながら走っていて、こっちが完全に引っ張っていく状態になっていたと思います。
食の楽しみがあったマドリッド
―――さて、今回の遠征では、日本チームとしてマドリッドに拠点を置いて、試合先と拠点とを行ったり帰ったりする方法を採りました。桐生選手は、まず拠点のマドリッドに入ってからラバトへ行き、ラバトのレース後、いったんマドリッドに戻って練習して、それからスイスへ移動する形となりました。こういう形で、拠点を持って転戦するというスタイルは、いかがでしたか?
桐生:マドリッドが拠点になったわけですが、スペインは飯が美味かったです。これって、けっこう大事だなと思って。例えば、アメリカで食事しようとしても、いわゆるジャンクフードが多くて、ヘルシーな店を探して行こうとすると、けっこう同じ店ばかりに行くことになっちゃうんですよね。その点、スペインはどこに行っても外れがなかったです。
―――毎日、あちらこちらへ行くことができた?
桐生:はい。だから、食に関する楽しみがありましたね、練習してからの。例えば、同じ肉を食べるにしても、今回は違う(種類や調理法の)肉を食べようとか、パエリアにしようとか。いろいろ選べたので、よかったです。
―――練習場所として利用したINEF(Facultad de Ciencias de la Actividad Física y Deporte)は、どうでしたか?
桐生:あそこもすごくよかったです。室内練習場でも直線で100mが走れますし、そのすぐ横にウエイト(トレーニング)場もあって、雨とかの天気に関係なく練習ができます。あと、セキュリティが厳しくないというのも、僕たちからしてみればストレスがなくてよかったです。もちろん、利用許可をもらっていたからではありますが、出入りするたびにいちいちチェックされることもなかったので。あと、芝生もあったし、坂もあったし。しかも、そこを使っているスペインの人がけっこうウェルカムというか、僕たちが室内練習場とかを使っていても、いやな顔をされることもなかったんですよね。
―――確かに、皆さん、とてもフレンドリーでした。
桐生:はい。そういう意味でも、すごく使いやすかったです。
―――今回の顔ぶれだと、小池祐貴選手(ANA)、染谷佳大選手(中央大)、山下潤選手(筑波大)など、ナショナルチームとしては新たな選手も増えました。
桐生:小池とは同級生で、世界ジュニア(2014年ユージン大会)なんかも一緒に行っているので、よく知っています。あと、染谷と山下は、僕はこの遠征中、会っていないんですよ。全部入れ違いで。
―――そうでしたね。マドリッドに滞在する日があっても、同じ日に移動しているから…。相手が朝出発して、こちらが夜入ってくるみたいな感じだったわけですね。
桐生:はい。
―――そうした自分よりも年下の選手が、ナショナルチームに入ってくることに関して、何か感じるものはありましたか?
桐生:いや、何も感じませんね。「年、食ったな」くらい?(笑) そんなもんです。
桐生:まあ、普通に。まずは個人の力を上げていく、ということですね。個人のレースも残り何試合出るかとか、試合自体があるのか、まだはっきりしていない状態ですが。リレーのために練習するという感じはないです。もちろんリレーはあるけれど、まずは個人の力をしっかり上げて、で、ジャカルタでリレーをやるという感じです。
―――自分の走力を高めていくなかで、リレーもしっかり走るという?
桐生:そうですね。そこはしっかりやらなきゃいけませんから。ただ、リレーは、いつも通り、普通に取り組むという感じ。今は、まず個人(の走力)を上げたいというのが先ですかね。個人が上がったらリレーの走力も上がるわけで、チームとしてもよくなるので。
―――スイスで、いい感触をつかめたことだし、今シーズン中にもう1~2レース、走っておきたいところですね。
桐生:そうですね。実は、スイスのときは、3日前かな。ラバトが終わってマドリッドに帰ってきてから坂ダッシュを20本とかやったんですよ。で、スイスはめちゃくちゃ筋肉痛の状態で行っていて、それでも走れたので。
―――じゃあ、なおさら、もっといい状態で走ってみたいでしょう?
桐生:はい。あとは、社会人1年目ということで、今年は試合と練習量とのバランスを取るのが難しかったなと思いますね。ここまでは、それが一番大きかったかな、と思います。
―――というのは?
桐生:学生のころは、春には関カレ(関東インカレ)があったじゃないですか。今年、シーズンに入る前は、「今年からは関カレがないから、(ほかのレースに)もっと集中できるな」と思っていたんですよ。で、実際に、集中することはできたんです、1試合1試合に。でも、それまで関カレでは100m3本、200m3本、リレー3本を走っていて、試合が終わった次の日はオフとかで、練習再開という流れでやっていたんですね。
―――そのサイクルが変わってしまった?
桐生:そう。試合としてでなくて、練習として捉えたら、100m3本、200m3本、リレー3本という練習があそこ(関東インカレ)でできているからこそ、ちょっと休んで練習したらよかったわけですけど、(関東インカレがなくなった)今は1本走って、休んで、練習再開ということになっちゃうわけで、その積み重ねを去年までの感覚のままでやっていくと、結果的に練習不足になっちゃうんですよ。だから、これからは試合が終わってからも、あんまり抜きすぎずに練習することもありかな、と思うようになりましたね。
―――なるほど、レースで予選・準決・決勝と3本走るって、年間を通しての最大目標に向けて考えるうえでは、ある意味、すごく質の高い練習でもありますからね。その質や強度を普段の練習でどれだけ確保できるかということも、考えていかなきゃいけないわけですね。
桐生:そうなんです。
―――桐生選手の場合は、社会人になっても、練習環境は基本的に変わっていないわけですが、そうした面の違いを踏まえたうえでの取り組み方を…。
桐生:はい、それをやっていかなきゃならなかったわけです。ただ、この半年やってみて、だいたいわかってきたので、来年はもっとうまくできると思うし、今シーズンもまだ終わっていないので、ここからはうまくやっていけると思っています。
―――そうなると、なおさら、今シーズン中に、100mのレースをおきたいですね。アジア大会、そして秋シーズンで、さらによい結果が出ることを楽しみにしています。ありがとうございました。
(2018年7月23日収録)
構成・文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真:日本男子短距離スタッフ、児玉育美
桐生選手は、今回、遠征最初のレースであるモロッコのラバトで行われたダイヤモンドリーグ第9戦「Meeting International Mohammed VI d’Athlétisme de Rabat」(以下、ラバトDL)に合わせて、7月9日にマドリッドに入り、13日に同大会の男子100mに出場。18日にスイスのベリンツォーナで行われた「Galà dei Castelli」で100mを2本走り、7月22日のロンドンDLで4×100mRに出場するというスケジュールとなりました。スイスでは、2本連続でシーズンベストとなる10秒13(+0.3)、10秒10(+0.4)をマークしています。
トレーニング、レースともに収穫があったという今回の遠征を、7月23日、ヒースロー空港において、帰国便に搭乗する直前に振り返っていただきました。
2戦目のスイスで、シーズンベストを2度更新
「スイスでやっと変わった感じがある」
―――7月9日からの遠征が終わって、もうすぐ帰国です。まず、今回の遠征全体を振り返っていただきましょう。どんな遠征でした?桐生:ここ2週間ちょっと、ヨーロッパにいて、いろいろな試合に出ることができました。また、日本では気温が40℃を超えるなど、すごく暑い日が続いているなかで、こちらでしっかり練習できたことは非常に大きかったと思います。
―――100mのレースでは、シーズンベストも更新できました。
桐生:そうですね。まだ全然満足できる記録ではないですが。でも、徐々に上がっていったらいいかなと思います。
―――遠征最初のレースとなったラバトDLは10秒20(-0.4、7位)でした。満足できていなかったような印象がありましたが…。
桐生:まあ、ラバトのレースがあって、スイスでやっと変わった感じがあるので、ラバトも走ってよかったと思いますね。
―――ラバトの走りはどんな感じで、それがスイスにどうつながっていった?
桐生:ラバトの走り自体には、あんまり感じるものはなかったけれど、あれがあったらから「そろそろ頑張らないと」じゃないけれど、走りを改めていろいろと考えることになりましたね。日本選手権のときにも話したように、今年はゼロ(スタート)から50mまでは、ギアをしっかり上げていくことができていて、そこまではいいんだけど、そこからトップスピードに上げていくところが全然できていなかったんですね。
それで、「なんでかな」と思って、ラバトの走りをもう一度考えてみたとき、ギアを上げていくところまではよかったんだけど、ギアが上がったあとに身体を立てて、これまでだったらそこからスピードが上がっていたところが、今年は、そこから上がっていなかったんです。(ギアを上げていくまでの)流ればかりを考えすぎていて、ギアが上がったことで満足しちゃって、(スピードを)そのまま維持していたんです。
―――そこからさらに上げていくことができていなかった?
桐生:そうです。いつもだったら、顔を上げて(身体を立てて)から力を入れて進んでいた部分を、今年は、顔を上げた瞬間に、そのときのスピードを保ってしまっていたんですよ。「そりゃ、スピード、出ないわ」と思って…(笑)。
―――ラバトを走ったことで、それに気づくことができた…。
桐生:はい、そこを、スイスのレースでやってみたわけです。スイスは、後半に懸ける感じで、逆に前半のギアを上げていくところは何も考えませんでした。でも、その(前半の)部分は、この半年間ずっとやってきていたことだったので、何も考えなくても行くことができて、それが後半につながった。ここまでやってきたことが、徐々にできてきているんだなと思いましたね。
―――スイスでは、1本目に10秒13のシーズンベスト、2本目は10秒10とさらに上げることができました。
桐生:はい。“走りを戻した”と言ってしまうとちょっと違うかもしれないけれど、タイムが出ているときって、けっこう力を入れているときにスピードが出ている感じがあったので、それをやりました。
―――意識したのはレースで?
桐生:そういう動きを(ウォーミング)アップのときにやったんです。腕を振って走るというか、中盤から上げていく感じで力を入れることを。それをアップの1時間だけやって、で、シーズンベストが2本出たので、これから修正していけば、まだまだタイムは出るなと思いました。なんか、ちょっと楽しくなったというか、そういう感じがしましたね。自分がやろうとした感じの走りができたので。あまり細かく考えずに勢いに任せて走ったのは本当に半年ぶりくらいでした。
―――きっと、それは、ずっと考えてやってきたからこそ、無意識でもできるようになってきているのでしょうね。
桐生:はい、そうですね。それがあったから、スタートを考えなくても、ほどほどには出られるようになったのだと思います。それができるようになったというのは大きいです。
いつも通りのレースができたロンドンDL
個々の走力を上げていく必要があると実感
―――その勢いというか、いい状態になったままで、ロンドンDLを迎えることになりましたね。リレーを走って、どうでしたか?桐生:バトンに関しては、僕のところは、飯塚さん(翔太、ミズノ、2走)もケンブリさん(ケンブリッジ飛鳥、Nike、3走)もずっとやってきたメンバーなので、不安はありませんでした。まあ、どちらもめちゃくちゃいいバトン(パス)ではなかったけれど、普通に渡る感じで行けたと思います。走りも、いつも通りの3走の走りができた感じでした。
―――優勝したイギリス(チーム1)のジェミリ選手が前に見えている状態だったと思います。追いついてやろうという意識は持っていたのですか?
桐生:ジェミリは内側のレーンでしたし、意識していなかったです。どちらかというと、内側の選手よりは、外側のレーンを走る選手を抜いていこうという意識で走っていましたから。外側にスイス(8レーン)がいて、オランダ(9レーン)もいたので。そこはあんまりジェミリだからとか考えていなかったですね。
―――実際にイギリスのタイム(37秒61)を見て、どんな感想を持ちましたか?
桐生:そうですね。37秒61、速いなというのと、タイムだけでいうとけっこう差があるな、と。自分たちがリオ(五輪)のタイム(37秒60)で走ったとしても、それでも接戦なので。ここからもっと個々の走力を上げていかなきゃなと思いました。
―――イギリスは、みんな9秒台で走っている選手ですからね。
桐生:はい。まあでも、イギリスは、今回、地元開催のレースだったわけで、ちょうど僕たちが5月に日本にやったゴールンでグランプリの逆バージョン(笑)。ムード的にもよかったんじゃないかと思いますね。それに、あとでみんなで話していたんだけど、リレーの場合は、けっこうレーンも重要かな、と。(ライバルよりも)内側で走ったほうが絶対にいいというのはあるよね、ということは話していました。
―――確かに。今回、日本は6レーン。その1つ内側の5レーンが、イギリスのチーム1でしたから。
桐生:はい。もし、逆だったら、日本のほうが外側のイギリスを基準に走ることができたので。逆に、今回、イギリスは日本を見ながら走っていて、こっちが完全に引っ張っていく状態になっていたと思います。
食の楽しみがあったマドリッド
練習環境も充実
―――さて、今回の遠征では、日本チームとしてマドリッドに拠点を置いて、試合先と拠点とを行ったり帰ったりする方法を採りました。桐生選手は、まず拠点のマドリッドに入ってからラバトへ行き、ラバトのレース後、いったんマドリッドに戻って練習して、それからスイスへ移動する形となりました。こういう形で、拠点を持って転戦するというスタイルは、いかがでしたか?桐生:マドリッドが拠点になったわけですが、スペインは飯が美味かったです。これって、けっこう大事だなと思って。例えば、アメリカで食事しようとしても、いわゆるジャンクフードが多くて、ヘルシーな店を探して行こうとすると、けっこう同じ店ばかりに行くことになっちゃうんですよね。その点、スペインはどこに行っても外れがなかったです。
―――毎日、あちらこちらへ行くことができた?
桐生:はい。だから、食に関する楽しみがありましたね、練習してからの。例えば、同じ肉を食べるにしても、今回は違う(種類や調理法の)肉を食べようとか、パエリアにしようとか。いろいろ選べたので、よかったです。
―――練習場所として利用したINEF(Facultad de Ciencias de la Actividad Física y Deporte)は、どうでしたか?
桐生:あそこもすごくよかったです。室内練習場でも直線で100mが走れますし、そのすぐ横にウエイト(トレーニング)場もあって、雨とかの天気に関係なく練習ができます。あと、セキュリティが厳しくないというのも、僕たちからしてみればストレスがなくてよかったです。もちろん、利用許可をもらっていたからではありますが、出入りするたびにいちいちチェックされることもなかったので。あと、芝生もあったし、坂もあったし。しかも、そこを使っているスペインの人がけっこうウェルカムというか、僕たちが室内練習場とかを使っていても、いやな顔をされることもなかったんですよね。
―――確かに、皆さん、とてもフレンドリーでした。
桐生:はい。そういう意味でも、すごく使いやすかったです。
―――今回の顔ぶれだと、小池祐貴選手(ANA)、染谷佳大選手(中央大)、山下潤選手(筑波大)など、ナショナルチームとしては新たな選手も増えました。
桐生:小池とは同級生で、世界ジュニア(2014年ユージン大会)なんかも一緒に行っているので、よく知っています。あと、染谷と山下は、僕はこの遠征中、会っていないんですよ。全部入れ違いで。
―――そうでしたね。マドリッドに滞在する日があっても、同じ日に移動しているから…。相手が朝出発して、こちらが夜入ってくるみたいな感じだったわけですね。
桐生:はい。
―――そうした自分よりも年下の選手が、ナショナルチームに入ってくることに関して、何か感じるものはありましたか?
桐生:いや、何も感じませんね。「年、食ったな」くらい?(笑) そんなもんです。
まずは、個人の力をしっかり引き上げたい
―――このあと、帰国してからは富士吉田(山梨)での国内合宿を経て、アジア大会に向かっていくことになります。リレーでの出場となりますが、今後、どういうふうに?桐生:まあ、普通に。まずは個人の力を上げていく、ということですね。個人のレースも残り何試合出るかとか、試合自体があるのか、まだはっきりしていない状態ですが。リレーのために練習するという感じはないです。もちろんリレーはあるけれど、まずは個人の力をしっかり上げて、で、ジャカルタでリレーをやるという感じです。
―――自分の走力を高めていくなかで、リレーもしっかり走るという?
桐生:そうですね。そこはしっかりやらなきゃいけませんから。ただ、リレーは、いつも通り、普通に取り組むという感じ。今は、まず個人(の走力)を上げたいというのが先ですかね。個人が上がったらリレーの走力も上がるわけで、チームとしてもよくなるので。
―――スイスで、いい感触をつかめたことだし、今シーズン中にもう1~2レース、走っておきたいところですね。
桐生:そうですね。実は、スイスのときは、3日前かな。ラバトが終わってマドリッドに帰ってきてから坂ダッシュを20本とかやったんですよ。で、スイスはめちゃくちゃ筋肉痛の状態で行っていて、それでも走れたので。
―――じゃあ、なおさら、もっといい状態で走ってみたいでしょう?
桐生:はい。あとは、社会人1年目ということで、今年は試合と練習量とのバランスを取るのが難しかったなと思いますね。ここまでは、それが一番大きかったかな、と思います。
―――というのは?
桐生:学生のころは、春には関カレ(関東インカレ)があったじゃないですか。今年、シーズンに入る前は、「今年からは関カレがないから、(ほかのレースに)もっと集中できるな」と思っていたんですよ。で、実際に、集中することはできたんです、1試合1試合に。でも、それまで関カレでは100m3本、200m3本、リレー3本を走っていて、試合が終わった次の日はオフとかで、練習再開という流れでやっていたんですね。
―――そのサイクルが変わってしまった?
桐生:そう。試合としてでなくて、練習として捉えたら、100m3本、200m3本、リレー3本という練習があそこ(関東インカレ)でできているからこそ、ちょっと休んで練習したらよかったわけですけど、(関東インカレがなくなった)今は1本走って、休んで、練習再開ということになっちゃうわけで、その積み重ねを去年までの感覚のままでやっていくと、結果的に練習不足になっちゃうんですよ。だから、これからは試合が終わってからも、あんまり抜きすぎずに練習することもありかな、と思うようになりましたね。
―――なるほど、レースで予選・準決・決勝と3本走るって、年間を通しての最大目標に向けて考えるうえでは、ある意味、すごく質の高い練習でもありますからね。その質や強度を普段の練習でどれだけ確保できるかということも、考えていかなきゃいけないわけですね。
桐生:そうなんです。
―――桐生選手の場合は、社会人になっても、練習環境は基本的に変わっていないわけですが、そうした面の違いを踏まえたうえでの取り組み方を…。
桐生:はい、それをやっていかなきゃならなかったわけです。ただ、この半年やってみて、だいたいわかってきたので、来年はもっとうまくできると思うし、今シーズンもまだ終わっていないので、ここからはうまくやっていけると思っています。
―――そうなると、なおさら、今シーズン中に、100mのレースをおきたいですね。アジア大会、そして秋シーズンで、さらによい結果が出ることを楽しみにしています。ありがとうございました。
(2018年7月23日収録)
構成・文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真:日本男子短距離スタッフ、児玉育美