第51回織田記念陸上が4月29日、2017年日本グランプリシリーズ第3戦として、世界選手権ロンドン大会代表選考会を兼ねて、広島広域公園陸上競技場(エディオンスタジアム広島)において開催。男子100mなどを含む13のグランプリ種目が行われました。
この日は、快晴となったものの、風が強く吹くコンディション。選手たちは、トラック種目、フィールド種目ともに、めまぐるしく変わる風向に苦労しながらの競技となりました。
■男子100m、桐生選手は向かい風での日本人最高記録10秒04
男子100mには桐生祥秀選手(東洋大)が出場。3月11日にオーストラリアの初戦で10秒04(+1.4)、国内初戦となった4月23日の出雲陸上で10秒08(-0.5)と、9秒台に肉薄するレースを見せていたこともあり、“日本人初の9秒台突入”に大きな注目が集まりました。しかし、予選・決勝ともに風に恵まれず、どちらも向かい風0.3mの条件下でのレースに。10秒16で予選を通過すると、11000人(主催者発表)の観客が固唾をのんで見守ったなか行われた決勝は10秒04でフィニッシュ。“歴史的瞬間”は、またしても先送りとなりました。
レース後、桐生選手は、「アベレージは上がっているが、ベストを出していないのが悔しい。急いでいるわけじゃないけれど、出せるときに出しておきたいなという気持ちがある。今回は本当に狙っていたので…」と残念がり、桐生選手の指導にあたる土江寛裕コーチも、「あの前後数分が向かい風。時間がほんのちょっとずれていたら…」と悔しがりましたが、その言葉とは裏腹に、師弟の表情に暗さはなく、むしろ、さばさばした様子。
自身9回目、そして今季3大会連続の10秒0台となった決勝の10秒04は、向かい風の条件下での日本人最高記録。桐生選手自身は、30mのあたりで少しバランスを崩した感触があったそうで、「50~60mのところでもっとスピードを上げたかったし、もっと上がるなという感じがあった。そこが上がったら、今の力でもベスト(記録)は出ると思う」と振り返りました。また、この好記録にも、「(照準を)7月、8月に合わせていて、練習とかもいろいろ試しながらやっている状態。今はまだ、そんなに完成していないと思う」「(高いアベレージでのレース後も)ダメージは、そんなにない。明日100mを走ろうと思えば走れるくらい」と、頼もしいコメントも。ひと冬を越え、心身ともに大きな成長を遂げ、自信を持って臨めている様子がうかがえました。
5月3日の静岡国際では200mにエントリー。その後、5月13日に行われるダイヤモンドリーグ上海大会、5月末の関東インカレを経て、日本選手権に挑む予定です。
■男子三段跳で山本選手が17mに迫る! 公認で16m87をマークし、参加標準記録を突破
この大会は、三段跳で日本人初のオリンピック金メダルを獲得し、“陸上競技の神様”とも呼ばれた織田幹雄氏の功績を称えて創設されましたが、その織田氏が最も得意とした三段跳で、山本凌雅選手(順天堂大)が好記録を連発。会場を大いに沸かせました。
競技は14時からスタート。強い風が追ったり向かったりする難しいコンディションのなか、日本人選手12名が出場して行われました。山本選手は1回目の試技で、自己記録(16m68、2016年)を更新する16m87(+1.8、日本歴代6位)をマークして、ロンドン世界選手権参加標準記録(16m80)をも突破。2回目16m68(+4.0)、3回目ファウルを経て、4回目には4.7mの追い風参考記録ながら16m91へと記録と伸ばしました。5回目をパスして迎えた最終跳躍では、17mを超えるビッグジャンプを見せるも、惜しくもわずかにファウル。16m91での優勝となりました。
山本選手は、長崎・諫早農業高3年時の2013年国体で、高校生史上初の16mとなる16m10(+0.8)の高校記録を樹立。翌2014年にはU20日本記録に1cmと迫る16m28(同2位)まで記録を伸ばしたほか、世界ジュニア7位、アジア大会8位の成績を収めるなど、若手のホープとして期待されてきた選手です。昨年は、日本選手権では初優勝を果たしたものの参加標準記録を突破することができなかったため、オリンピックの出場はかなわず。「目標としていたところ(リオ五輪)に、ほかの選手が行っちゃったという悔しさがあった」と言い、今季は“学生のうちに日本記録(17m15)を更新しよう”という目標を掲げて、学生最後のシーズンに臨んでいます。
参加標準記録突破を果たした1回目の跳躍は、「正直言うと、まずは16m30くらいを跳べればいいな、というくらいのつもりだったが、気持ちが抑えきれなかったようで…」、想定していた以上の好記録。また、優勝記録となった16m91も含めて、「今回は、全体的に踏み切りで詰まっている感じがあったが、それでも自然と距離が出ていた」と振り返り、「“脚で跳ばないようにする”ことを意識づけるために、冬場は上半身を鍛えてきたが、今回、(全身を連動させる)タイミングがしっかり合った。そこができていれば、たとえ踏み切りで詰まっても、あそこまで跳べるという自信になった」と大きな手応えをつかんだ様子。
また、「自分で(踏切板を)確認したが2cmくらいのファウル。(競技役員から)17m15と言われた」という最後の跳躍については、「(ファウルと知って)“わー”という感じ」と報道陣を笑わせつつも、「“ホップ・ステップ・ジャンプ”3つを合わせて三段跳だが、僕は“ジャンプ”は走幅跳のようなイメージで跳んでいる。6回目は、僕がイメージしている“ジャンプ”ができた」と、声を弾ませていました。
■男子棒高跳は、荻田選手が自己タイの5m70をクリアし、参加標準記録を突破
澤野大地選手(富士通)、山本聖途選手(トヨタ自動車)、荻田大樹選手(ミズノ)とリオデジャネイロオリンピック代表3選手が顔を揃えたほか、1月に5m50のU20日本タイ記録(U20室内日本新記録)を樹立したダイヤモンドアスリートの江島雅紀選手(日本大)も出場した男子棒高跳を制したのは荻田選手。ロンドン世界選手権参加標準記録で、自己タイ記録でもある5m70をクリアして優勝を果たしました。
競技は、風が回るコンディションのなか14時にスタート。日本記録保持者(5m83、2005年)でリオオリンピック7位入賞の澤野選手が会場内でのウォーミングアップを終えた段階で調子が整わず棄権、また、自己記録に近い跳躍ができれば上位争いに絡む可能性もあった江島選手が最初の高さとして挑んだ5m20を越えられず記録なしに終わったため、5m40の試技を終了したところで、勝負は荻田選手と山本選手の争いに絞られました。5m30から競技を開始した荻田選手は、この高さを1回でクリアすると、次の5m40をパスして、5m50を2回目にクリア。一方、今季すでにアメリカの2大会で5m70、5m71と連続して世界選手権標準記録を突破している山本選手は、最初の高さとして挑戦した5m40を1回で越えると、5m50をパスして、5m60も1回でクリア。2人が揃って挑んだ5m70は、荻田選手が2回目にクリアしましたが、これを跳べなかった山本選手は、3回目をパスして、日本陸連が定める派遣設定記録Aとなる5m75に勝負を懸けました。その1回目、荻田選手、山本選手ともに失敗したために、ここで荻田選手の優勝が確定。荻田選手は2・3回目も失敗試技に終わり、5m70が優勝記録となりました。
荻田選手は、4月にアメリカで2試合に出場する予定でしたが、ハムストリングスに違和感が生じたため、1試合目をキャンセルし、サンディエゴで行われた4月20日の競技会で5m56を跳んでシーズンイン。「基礎に戻って行う内容を長めにとっていたこともあり、全助走もアメリカへ行ってからつくる形。1戦目をキャンセルしたこともあり、技術的な練習があまり詰めていないまま迎えたが、ある程度、先が見える動きができたので、調子はいいのかなと思った」という感触をつかんで帰国し、国内初戦となる織田記念に臨んでいました。
2013年4月にクリアして以来、4年ぶりに成功した自己記録に並ぶ5m70の試技は、「課題にしていた踏み切りの部分がしっくりきて、踏み切った瞬間に“これは行ける”と思った」と言うほど手応えのある跳躍だったと振り返る一方で、自己新記録への挑戦となった5m75については、「1回も踏み切れなかった。確かに風はあったけれど、世界で戦うのなら、やはりどんなコンディションでも跳躍に持っていけないと…。そこが自分の弱いところ。課題として真摯に受け止めなければ」と反省するひと幕も。
予選落ちとなったリオオリンピックを終え、この冬は、「次の東京オリンピックに向けて、一度基礎に返って、ベースの部分をもう一段階上げていこうと思い」、ひと冬かけてじっくりと身体づくりに取り組んできたといいます。そうした底上げにより、これまでよりも硬いポールを使えるようになっているのが、この冬の大きな収穫といえるでしょう。「それをうまく跳躍につなげられたら、今まで以上の記録が出るという実感がある。そういう意味では、5m80以上を跳んで、世界で戦える準備ができつつあるのではないかと思う」と自身に大きな期待を寄せています。3大会連続での出場を目指すロンドン世界選手権での実現に向けて、好スタートを切ったといえそうです。
■男女やり投は、新井選手と海老原選手が優勝
男女やり投は、ともに国士舘大出身で、スズキ浜松ACに所属する新井涼平選手と海老原有希選手が、それぞれ79m68と60m65をマークして優勝しました。
冬場は、「新しいことを求めるというよりは、やれること、やれなければならないことを確認して、地味にこつこつと取り組んできた」という女子日本記録保持者の海老原選手。初戦となったこの日は、58m12で滑り出し、2回目の試技で60m65を投げてトップに立ちました。以降の試技で記録を伸ばすことはできずに終わりましたが、大会5連覇を達成。試合後は、「後半の試技で記録を狙っていこうと攻めたが、うまくまとめることができなかった」と悔しそうな表情も。また、記録のばらつきが大きいとして、「やりたいことが、一度できちんとできるようにしなければ」と反省していました。
男子やり投の新井選手は、前半を75m55で折り返し、4回目に79m68を投げたものの、その後、77m78、78m26と80m台に乗せることができずに競技を終了。「全然ダメだった。最低でも標準記録(83m00)を、と思っていたので」と悔しさをにじませました。
左手に痺れが出ていることと、シーズンイン直前の海外練習で技術にずれが生じてしまったことから完全に修正しきれていない状況にあり、動きがかみあわず、やりにうまく力が伝わっていかない様子。「練習では83mくらい飛んだりはしているが、痺れと(技術の)ずれとで、まだ全然安定していない。ここからしっかりと練習していきたい」と課題を挙げていました。
■女子100mの福島選手は途中棄権、男子110mHは大室選手が優勝
女子100mは、メリッサ・ブリーン選手(オーストラリア)が向かい風0.8mのなか11秒70で連覇。中村水月選手(大阪成蹊大)が11秒74で続き、日本人トップとなりました。なお、今年度からプロ選手として活動することになった女子100m・200m日本記録保持者福島千里選手(札幌陸協)は予選で両ふくらはぎにケイレンンを起きたため、大事をとって途中棄権。出場予定の5月3日の静岡国際については、「当日までの状況をみながら」としつつも、「気持ちとしては出られたらいいなと思っている」とコメントしました。
男子110mHは、4月15日の筑波大記録会で世界選手権参加標準記録と同じ13秒48を2回マークした大室秀樹選手(大塚製薬)が、13秒52(+1.5)で快勝。ジェイド・バーバー選手(アメリカ)が13秒13で制した女子100mH(+2.0)は、木村文子選手(エディオン)が13秒21で続き、日本人トップとなりました。
4~5m台の追い風が吹いたかと思えば、3m近い向かい風になるなど、非常に難しいコンディションとなった男子走幅跳は、下野伸一郎選手(九電工)が4回目に8m05(+2.3)をマークして優勝。これに続いたのは今春から大学生となったダイヤモンドアスリートの橋岡優輝選手(日本大)で、5回目に7m87(+3.6)を跳び、2位に食い込みました。
女子棒高跳は4選手が4m00をクリアしましたが、日本記録保持者の我孫子智美選手(滋賀レイクスターズ)が試技内容で4連覇を達成。男子ハンマー投は、木村友大選手(九州共立大)が69m30で優勝しました。
ポール・タヌイ選手(九電工)が13分30秒79で制した男子5000mの日本人トップは鎧坂哲哉選手(旭化成、13分32秒16(2位)。2位までが大会新となった女子5000mは、ローズメリー・ワンジル・モニカ選手(スターツ)が3連勝し、3位に入った木村友香選手(ユニバーサル)が15分27秒68で日本人トップとなりました。また、実業団・学生選手に先着して日本人2位となったのは、昨年、高1最高記録となる15分29秒32(高校歴代5位)で走っている小笠原朱里選手(山梨学院高2年)。15分31秒46をマークして5位でフィニッシュしています。
■日本代表選手等が握手会を実施
髙瀬慧選手、市川華菜選手、藤光謙司選手、海老原有希選手、木村文子選手が先着100名限定で握手会を行いました。試合を終えた選手が陸上ファンの方々とにこやかに会話を楽しんでいました。
【織田幹雄記念国際陸上競技大会】
http://www.jaaf.or.jp/competition/detail/411/
文/児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真提供:フォート・キシモト