陸上の可能性と未来を考える『RIKUJO JAPAN』プロジェクトには、「誰もが陸上を身近に感じられる環境を作る」、という思いがある。まさに、それを表現するイベントが行われた。
みなさんは「キッズデカスロンチャレンジ®」をご存知だろうか。「走る・跳ぶ・投げる」の運動を、楽しみながら挑戦できる日本陸連のキッズ向けプログラム(以下、デカチャレ®)で、『キング・オブ・アスレティックス』と言われる、十種競技(デカスロン)が名前の由来となっている。これまで日本選手権などの日本陸連主催大会のサブイベントとして開催されてきた。
今回、そのデカチャレ®が〝陸上〟の枠組みを超え、街中の商業施設で開催された。これまで、ダッシュ種目だけ行われたこともあるが、走・跳・投の全種目がそろっての商業施設での実施は初めてとなる。
秋晴れの祝日。浜離宮を臨む海沿いに都会の喧噪を忘れさせる「ウォーターズ竹芝」に、家族連れや買い物客が行き交う。JR東日本が開発したホテル、オフィス、店舗などの複合施設で、2020年以降、段階的に開業された。アトレ竹芝や劇団四季の専用劇場なども備えている。〝都会のオアシス〟の謳い文句通り、ゆったりと休日を過ごすにピッタリの場所だ。
3年ほど前から、春から秋にかけて月に1回定期開催されてきた「Bamboo Grass Market(バンブーグラスマーケット)」は、アートや音楽など、毎回さまざまなテーマを設けてイベントやコンテンツで盛り上げてきた。今回はBamboo Grass Marketのスペースの一角である芝生広場を利用して「デカチャレ®」が開催された。
「今年のBamboo Grass Marketは今回で最後。来年はより発展させて開催していきます」。株式会社アトレ竹芝店のエリアマネージャーを務める後藤淳生さんはそう明かす。イベントとして節目の年に何かできないか。半年前から企画を考えていたという。「弊社には七種競技のヘンプヒル恵選手が在籍しています。その流れで、スポーツ、陸上競技のイベントができないか、と考えたのが始まりです」。
七種競技で日本選手権4度の優勝を誇るヘンプヒルは、2019年に入社。これまでも社内外のイベントに積極的に参加してきた。
開催するにあたっては、「限られたスペースでどうするか」が一つのテーマ。デカチャレ®の種目は20近くあり、その中から「競技の基本となる走る、跳ぶ、投げる、をうまく体験できるように種目を厳選しました」と後藤さんは言う。
ゲストアスリートには、ヘンプヒル、そしてパリ五輪4×100mリレー代表の栁田大輝(東洋大)を招いた。日本陸連指導者養成委員や国士舘大学の学生にもサポートスタッフとして力を借り、MCはこちらも混成競技経験者でもあるタレントの宇佐美菜穂さんが務めた。
種目はボール投げ、前後左右のジャンプ、そして光電管を使ってタイムを計測する10mダッシュ。ヘンプヒルと栁田がデモンストレーションで盛り上げて、いよいよ子どもたちが参加。今回は特別に保護者も一緒にチャレンジした。
買い物に来ていた子どもたちは興味津々。ボール投げやジャンプに汗を流したが、一番人気はやはり10mダッシュ。タイムを短縮しようと何度も挑戦したり、ゲストアスリートに勝負を挑んだり。ヘンプヒルや栁田がスタート姿勢などをアドバイス。〝自己新〟が出ると笑顔が弾けた。歩き始めたばかりの幼児から、スポーツ経験のある小学生まで、目一杯、身体を動かした。なかには、10mダッシュに真剣モードになるお父さん、お母さんの姿も。
参加した小4の女の子は「結構速く走れました! 普段はあまり運動しないけど、楽しかったです!」と笑顔。お母さんも「近所なのでイベントがある時はよく来ます。子どもが身体を動かせる機会があるのは良いですね」と話す。
2人の子どもを連れて来ていたお母さんも「最近は外で身体を動かせる場所も減ってきました。初めて来ましたが、子どもにとって危なくない環境で、スポーツに触れたり体験できたりするのはちょうどいいです。親子で楽しめました」と、10mダッシュを繰り返す子どもに目を細めていた。
午前、午後とゲストアスリートとして盛り上げた2人も、時折10mダッシュで〝力試し〟。栁田は1秒台を叩き出し、オリンピアンのスピードに「速い!!」「すごい!!」と子どもたちも大興奮だった。
栁田は「走るために競技場に行くとなるとハードルが高いですが、施設の一角だからこそ体験してもらえたと思いますし、いろいろな人に陸上競技を知ってもらえる機会になりました。これからもいろいろなところで開催していただきたいです」と話す。
ヘンプヒルは「ゲーム感覚で参加できるイベントで、思った以上にたくさん来ていただきました。海外ではこうした街中でのイベントも当たり前のように行われているので、こういう機会が増えていってほしいです。参加した子どもたちが陸上をやるかどうかは別として、少しでもきっかけ作りのお手伝いになれたならうれしいです」と語った。
最終的に100人以上が参加。後藤さんは「ゲストアスリートがレクチャーしていただけて、参加者にも良い経験になったと思います。我々も普段は陸上と関わる機会が少ないですが、イベントを通して親子で興味を持っていただけたらうれしいです。また、竹芝でしか感じられない心地良い空間だと思うので、それが伝われば。とても盛り上がりましたので、今後もこういうイベントをぜひ開催していきたいです」と、次回に向けての思いを持っていた。
劇団四季を観劇した〝プリンセス〟の格好の少女たちも全力で走り抜けた。来場者、そしてスタッフも含めて笑顔が溢れた、商業施設で開催されたキッズデカスロンチャレンジ®。シンプルな「走る、投げる、跳ぶ」には誰もが夢中になれる――。陸上競技の〝壁〟が取っ払われ、今後の大きな可能性を感じさせるイベントとなった。
文・写真:月刊陸上競技編集部