EVENT REPORT

イベントレポートRIKUJO JAPANインタビュー:結果だけをストイックに求めた選手時代から、コーチやアンバサダーとして陸上の楽しさを伝える立場へ~多面的に関わるからこそ見えてきた「2040年の未来」について~
福島千里(順天堂大学スポーツ健康科学部特任助教、同陸上競技部短距離コーチ/セイコースマイルアンバサダー)

日本を代表する女性スプリンターとして、真っ先に思い浮かぶのは「福島千里」という名前だろう。福島さんは、2008年に19歳で11秒36の日本タイ記録をマークして国内トップ戦線に躍り出ると、以降、切れ味鋭いスタートを武器に、圧倒的な力で日本女子短距離界を長年リードしてきた。大きな開きがあった世界との差を縮め、オリンピックや世界選手権をはじめとする国際大会に出場、「世界を舞台として戦うこと」に挑戦し続けてきた人物だ。100m11秒21、200m22秒88の自己記録は、今も日本記録として輝きを放つ。
現役引退後は、大学教員として学生アスリートの指導に携わる一方で、積極的に陸上の普及や啓蒙活動にも取り組み、陸上教室の講師やテレビ解説、メディア出演など、多方面で活躍している。競技者として未開の地を切り拓いてきた経験に加えて、さまざまな立ち位置で陸上と関わっていく日々を送る福島さんに、今、自身が感じている「陸上の可能性と未来」を聞いてみよう。

  • ©Naoya Ochiai

    福島千里 ふくしま・ちさと女子100m(11秒21、2010年)・200m(22秒88、2016年)日本記録保持者。1988年6月生まれ、北海道幕別町出身。小学4年生で陸上を始め、糠内中、帯広南商業高、北海道ハイテクAC、セイコーに所属し、スプリンターとして一時代を築く。オリンピックには2008年北京から3大会連続で出場。2009年ベルリン大会から4大会連続で出場した世界選手権では、2011年テグ大会において、100mと200mで準決勝まで進出した。2021年から競技活動と並行して順天堂大学大学院で学び、現役引退(2022年1月)後は、指導者の道を選択。2023年度から順天堂大学スポーツ研究部特任助教に就任し、同陸上競技部短距離コーチを務めている。2022年にJAAF公認コーチ資格を取得、2023年からJOCナショナルコーチアカデミーで国際水準のコーチングを学ぶなど、コーチとしての研鑽を積む一方で、陸上の普及やスポーツを通した社会貢献活動にも積極的に参加。「セイコーわくわくスポーツ教室」など陸上教室の講師や、国際大会等でのテレビ解説、メディア出演など幅広く取り組み、陸上界の盛り上げに尽力している。

「友達との時間が楽しい」から
「決めたことは絶対にやりきる」へ
陸上に向き合う意識の変化

――福島さんは、小学校4年生のころに陸上を始めたそうですね。何かきっかけはあったのですか? 当時、陸上のどんなところが楽しかったのでしょう?

福島:一番のきっかけは「足が速いね」と言われたことでしょうか。いろいろな人が褒めてくれたり、「すごいね」と喜んでくれたりするのがとても嬉しかったんです。それで、学校の先生に勧められて、小学4年から陸上クラブに入りました。練習日は、火・水・土曜の週3回。もちろん試合にも出て、陸上自体も頑張っていたけれど、当時は、それ以上に、「友達に会える」「友達と一緒に過ごせる」ことを楽しみにしていましたね。「速く走るのが楽しい」というよりは、「友達と過ごす陸上クラブの時間が楽しい」と思って、練習に通っていました。

――そこから中学、高校、そして北海道ハイテクACで、より本格的に競技へ取り組んでいくようになりました。陸上に対する意識は、どう変化していったのでしょう?

福島:恥ずかしながら「陸上しかやってこなかった」という感じです。陸上で結果を出すことで評価してもらえたり、日々の自分の目標ができたりしたので、生活のリズムも含めて、陸上を中心にすべてが回っていました。特に高校を卒業して以降は、結果がついてきたので楽しかったですし、結果が出れば、また新たな目標ができて、それに向かって頑張るということが続いていましたから。「陸上がすべて」と、いい意味で、そう思えていましたね。

写真:フォート・キシモト

――目標に掲げるレベルが高くなればなるほど、そこを目指していくこと自体も大変になっていきます。思うような結果を残せなくなっていた現役生活の終盤は、むしろ苦しいことのほうが多かったのではないかと思うのですが、それでも前を向いて取り組み続けることができたのは、なぜだったのでしょう?

福島:競技をやっているころは、ずっと「記録と結果を出すことが、陸上の価値のすべて」という気持ちで取り組んでいました。だから結果が出せなくなったときは、価値を見出せなくて、苦しく感じることも多かったですね。そのなかで頑張れたのは、支えてくださる人や応援してくださる人がたくさんいたからだと思います。あと、私、自分が一度決めた目標に向かっては、絶対にやりきりたいという思いが常にあったんです。ですから、現役の終盤では、「東京オリンピックまで」というのが目標というか、一つのゴールだと思ってやっていきました。

――福島さんのストイックさは本当にすごかったですから(笑)。「やると言ったらやる。決めたことは絶対にやりきる」と、当時も、よく話していました。

福島:笑。そうですよね。負けず嫌いというのもありますが、自分の決めたことをやりきれないことがイヤというのがありました。ただ、そうしながらも、自分が「ここまで」と思っていたところまでやれたのは、私の場合は、環境を変えたり、コーチを変えたりしたことが、高いモチベーションを維持していくうえで大きかったのかなと思います。
もしかしたら変えていなければ、もっとよい結果が出ていたかもしれません。ただ、自分でいろいろ考えて、自分で決めて、新たな挑戦をしていくことが、私にとっては、とても大切なことでした。すごく難しい決断ではあったけれど、それを許してくれた方々、受け入れてくれた企業、環境を整えることに手を貸してくださった人々を含め、いろいろな人がいてくれたからやれましたし、自分自身も固い決意で取り組むことができたのだと思います。

コーチになって見えてきたこと

――競技生活に区切りをつけてからは、指導者としてグラウンドに立つ日々がスタートしましたが、コーチとして以外にも、いろいろな形で陸上に関わるようになりました。新しく見えてきたこととか、気をつけていることはありますか?

福島:自分自身は、「速く走ること、結果を残すことがすべて」という気持ちで取り組んできましたが、異なる価値観を持って取り組んでいる人もいる、ということですね。コーチングにあたるうえでは、それを忘れてはいけないと思っています。例えば、大学の陸上部だと、全員が選手になれるわけでも結果が残せるわけでもありません。ただ、そのレベルに届かなくても目標に向かって頑張り続ける人もいれば、チームのために貢献できることを考えて行動する人、選手にはなれないけれど応援を頑張る人、と、いろいろな人がいるんです。コーチングにあたるときには、対象をよく見て、選手に要求することや、掛ける言葉の選び方には、とても気をつけるようにしています。
また、「セイコーわくわくスポーツ教室」など、小学生年代の子どもたちに陸上を教えるときには、何よりも「陸上の楽しさを伝える機会」にすることを心掛けています。学生年代のアスリートの場合は、ある程度、苦しさと向き合うことも必要になってくると思うけれど、小学生に関しては、まず「楽しい」が一番ですから。考えてみると、私自身も、最初はそういうふうに始まっているんですよね。競技レベルが上がってからは、競技や練習を楽しむという考え方が全くなかったので、このお仕事をやらせていただいたことで、初心を思い出させてもらったところがあります。

――子どもを対象とした陸上教室で指導に当たる機会も多いですよね。毎回ブラッシュアップしている印象があるのですが、そこで実感していることって、ありますか?

福島:陸上教室をやっていて、すごく感じるのは、「みんな、とにかく走りたいんだな」ということ。子どもたちは走ることがすごく好きで、しかも全力で競うことがとっても好きなんです。いつも参加する対象に合わせて、毎回、スローステップで段階を踏んでいくようなプログラムを組んでから臨んでいるのですが、「これがいいだろう」と思って組んだ内容よりも、「もっといっぱい競走したい」と言われたり、身体をほぐすための最初の鬼ごっこが一番盛り上がったり…笑。子どもたちの心をつかむには、あれこれ話すよりも、一緒に競走してダントツで走ることのほうが確実なんです。あと、みんな、リレーもすごく好きですね。そういうのを見ていると、子どもって、速く走ることにすごく興味があるんだなと、毎回のように気づかされます。

指標があると、競走がゲーム感覚で楽しめる!?
VRでオリンピックをシミュレーション!

――『RIKUJO JAPAN』では、現在、小学生年代の子どもたちが20代となる2040年の日本が、陸上を通じて、もっと活気に溢れたワクワクするような社会になっていくことを目指しています。福島さんの陸上教室に参加してくれた子どもたちが、陸上好きのまま育ち、日常生活のなかで陸上を楽しむような2040年を実現するためには、何があったらいいと思いますか?

福島:何か指標となるものがあったら、いいかもしれませんね。例えば、50m走で、「20代だと何秒くらい、30代なら何秒、40代が何秒で走ったらすごい」というような目安になるものがあったら、どうでしょうか?日本だと、体育の授業や体力テストなどで、誰もが一度は50m走とかやっていますよね。そのときのタイムを覚えているかどうかわからないけれど、もし、「あそこへ行けば、気軽に測れて、自分のタイムがどのくらいのレベルにあるかがすぐにわかる」というような設備があれば、やってみようと思う人が増えるかもしれません。一度、測って自分の状況がわかったら、「よし、次はこうしよう」とか「あのタイムを目指そう」ということにも繋がっていきそうな気がします。

――確かに、何か目標になるものや定期的な機会があると、続けられそうですよね。日本陸連では2021年から、さまざまな種類のリレーに誰でもチャレンジできるリレーフェスティバル(リレフェス)というイベントを開催していますが、この大会に出ようと、家族や職場仲間、学生時代の友達同士で連絡を取り合い、練習したり、スケジュールを合わせたりしているという話を聞くようになりました。「来年は、このメンバーで、何秒で走ろう!」とか、「練習を始めた」とかいうように。

福島:それ、すごいですね!私、さっき「子どもは競走が好きで、リレーも好き」と話しましたが、それは大人も同じなのかもしれませんね。
「競走するのも好き」という観点でいうなら、例えば、走ってみたときに、「今日のナンバーワンは7秒0」とか、挑戦した他の人のタイムがわかるような仕組みがあったら、さらに盛り上がりそうじゃないですか?「じゃあ、自分が6秒9に更新しちゃおうかな」とか、「え、今日の1番は6秒4か。ちょっと勝てないかなあ」とか(笑)。なんかゲーム感覚で楽しめそうです。

――そうですね。レースゲームやシミュレーションゲームをやるような感じだと、夢中になる人が続出するかもしれませんね!

福島:最近ではVR(バーチャルリアリティ)空間を体験できる施設とか、ゲームとかって増えてきていますよね。例えば、VRのゴーグルをつけて走ると、隣に(ノア・)ライルズ(アメリカ、パリオリンピック男子100m金メダリスト)がいるとか、選択ボタンで「今日は、パリ五輪のスタジアムを選ぼう」とか「今日は、国立(競技場)で走ってみるか」とか設定できたら、面白そうですよね。もしかしたら、世界記録保持者と一緒に走ってみたいと考える人もいるかもしれません。もし、そういうものがあったら、私も1回は経験してみたいと思います。

――対戦相手に女子100m世界記録(10秒49)保持者のフローレンス・グリフィス・ジョイナー選手を選ぶ?

福島:「じゃあ、私は5レーンね。4レーンには、トンプソン(・ヘラー、ジャマイカ。リオ五輪・東京五輪100m・200m2冠)を置いて、6レーンには、じゃあジョイナーで」みたいな感じで(笑)。でも、すぐに置いていかれて、「えー、はっやーーーーい!」みたいな感じでしょうね(笑)。ただ、たとえ仮想空間であっても、そういう人のストライドとかピッチ、リズムとかを隣で体験できたなら、すごく面白いと思いますね。もしかしたら、アスリートがやってみても、いいきっかけがつかめるかもしれません。

――実体験はありませんが、環境も含めて整えることができれば、リアルに近い経験が可能だと聞いています。実際にVRでバンジージャンプを楽しめる施設もあるようですし、航空機パイロットや宇宙飛行士の養成では操縦をシミュレーションする訓練もあると聞きます。今の技術を考えたら、「VR陸上体験」も実現できそうですよね。もしかしたら、2040年ごろには、ゲームセンターやアミューズメントパークでは標準設備になっているかもしれません。どこかのゲームメーカーとかとコラボして開発しますか?(笑)

福島:映像があれば、データも測定できるでしょうし、なんか実現できそうですよね。そこはプロにお任せして…(笑)。もし、パリオリンピックの決勝を体験できるのなら、私、やってみたいです! 自分よりも強い選手と、行ったことや体験したことのない場面を疑似体験できるとなると、選手は「経験不足」とか「慣れていないから」とかいう言い訳ができなくなりますね(笑)。

2040年、陸上が
もっともっと身近なスポーツになっていてほしい

――今回のテーマとしている「2040年の日本陸上界」について、いきなり興味深いアイデアが出てくる形となりました(笑)。

福島:すみません。突飛な話をしてしまって(笑)。

――いえいえ、強い選手と競うなかで、相手のストライドやピッチ、リズムを体験してみたいというのは、トップスプリンターならではの観点だと思いました。もしかしたら、そういうことが実現しているかもしれないという期待を持ちつつ、改めてお聞きします。福島さんは、2040年になったとき、陸上界がどうなっていたらいいなと思いますか?

福島:そうですね…。本当に期待ですけれど、野球の大谷翔平選手のように、名前を挙げれば誰もが知っているという選手が、陸上界からたくさん出てきてくれているといいですよね。例えば、「日本のスポーツ選手といえば、サニブラウン選手(アブデルハキーム、2022年・2023年世界選手権男子100mファイナリスト)」というように、すぐに名前が挙がるようになってほしいです。だって、みんな速く走ることにすごく興味があるのに、「100mで今、一番速く走れる日本人は誰?」と聞いたときに、すぐに名前が挙がるのかどうか、そのギャップって、まだ意外とあるんじゃないかと思うんですよ。人気のスポーツランキングでは、絶対に何人か陸上選手が上位に入っていてほしいなと思いますし、憧れるスポーツ選手とか、なりたいスポーツ選手に、陸上選手の名前が出てくるようになってほしいなと思います。もっともっと陸上が、身近なものになってほしいです。

――「身近なものに」という点では、以前、福島さんと大会を盛り上げるためにどうしたらよいかという話題になったとき、「もっと気軽に応援できるような感じになったら…」と仰っていましたよね。もっとフランクな感じになったら行きやすいんじゃないか、と。

福島:日本の陸上って、「固唾を呑んで見守る」みたいなところがありませんか? かしこまった感じというか、敷居が高いというか…。なんか苦しさも共有しちゃうような感じで観客の方が見ていることが多いように思うんですよ。緊張感を共有するのはいいと思うのですが、苦しみはもう選手とかコーチとか関係者だけでいい。観客くらいはもっと弾けてくれないと、こっちもちませんから(笑)。
海外の競技会を観戦していると、スタートが鳴った瞬間にみんな立ち上がって「うわーっ!」と応援するので、日本人のようにお行儀よく座っていると、レースが見えないんですよ、だから立つしかない(笑)。みんなピストルの音で反射的に反応して、エネルギーを拡散させるみたいな感じ。ある意味、選手に近い感覚が共有できているように思います。もし、日本選手権とかが、そんな雰囲気になってくれたら、大会全体がもっと盛り上がるんじゃないかなあと。その空気は、必ず選手にも伝わって、励みというか、刺激になってくれるはず。「陸上観戦は、こうあるべき」みたいな側面も変わっていくといいなと思います。

写真:フォート・キシモト

――観戦一つとっても、もっと楽しめるような、見る人も一緒になって興奮しちゃうような空間をつくっていく仕掛けが必要になってきそうですね。全く陸上を知らない人から、初めて観戦したあとに「何を見たらいいかがわからなくて戸惑った」という感想を聞いたことがあります。同時多発的に競技が進行しているために、今、一番の見どころはどこなのかなと思ってしまうようで…。

福島:うーん。それには、私は「全部見ればいいんですよ」ってお伝えしたいかな。別に、見る順番が決まっているわけでもないので、自分が見たいものを見ればいいんです。もちろん、知っていれば、さらに面白く見ることはできるのかもしれないけれど、あんまり気にしなくていいんじゃないかな。例えば、面白そうと思った種目とか、好きな選手とかだけを見るというのでも十分に楽しめますよね? 見るためのルールがあるわけではないので、見たいものを見るというのでいいんじゃないかと思います。まずは会場に行ってみる。そうしたら、そのうち自分なりの見方や楽しみ方が確立できますよ。そんなに難しく考えずに、気軽に会場へ来てもらえたらいいなと思いますね。

陸上界の未来に向けて
強化と普及の両輪に役立ちたい

――福島さんは、これからどんな活動をしていきたいと考えていますか?

福島:2040年に向けて、ということですか? そうですね。まず、今、やらせてもらっている子どもたち向けの陸上教室では、子どもたちが陸上にアクセスできる機会をもっと増やしていけたらなと思っています。それも「気軽にアクセスできる」ということがすごく大事だと考えています。

――現在、いろいろな教室やイベントに参加しているのは、そういう思いがあるから?

福島:はい、それはすごくありますね。「子どもたちが、少しでも“陸上って楽しい!”と思ってくれるきっかけになれば…」という気持ちでやらせてもらっています。私の場合は、今は受け身のお仕事しかやれていませんし、与えられた状況に応じてという取り組み方ですが、そうした環境を増やしていくことも大事だなと思っています。

あとは、これは「ウェルネス陸上」の観点からは少し離れてしまいますが、今の仕事を、これから15年、20年と続けているとしたら、トップ選手の育成・強化にも少しずつ関わっていけるようにしていきたいです。陸上の裾野を広げていくためには、やっぱりスター選手の存在が必要だと思うんです。子どもたちが憧れる存在がいないことには、「陸上、やってみよう」という子どもたちを増やしていくのは難しいと思うんですよね。日本陸連の中長期計画に示してあるように、トップ選手の強化(国際競技力の向上)とウェルネス陸上の実現は、両輪でやっていかなければならないことだと思います。
昨年のブダペスト世界選手権とパリオリンピックでは北口榛花選手が女子やり投で金メダルを獲得しましたし、ダイヤモンドリーグでも北口選手をはじめとして、多くの日本選手が出場して、存在感を見せるようになっています。そういう選手が増えることで裾野も広がり、陸上がもっと盛り上がっていくと思うんです。特に、女子の短距離はまだまだこれからという状況。世界を舞台にして戦うよう日本人選手が増えてほしいなと願っています。

――そういう選手を、ご自身で育てていきたい?

福島:まだまだ勉強しなければいけないことがいっぱいだし(笑)、そんなに急に育てられるものでもないと思いますが、2040年までにはまだ15年以上あるから、実現していけますかね?(笑)。
そのためにも、もっとたくさんのいろいろな選手に出会うことが大事ですよね。たくさんの選手に出会うためには、今、陸上教室に参加してくれる子どもたちが、陸上を楽しいとか好きとか思って、高校や大学、社会人になっても続けていってくれることが前提になってきます。その入り口というところを、すごく丁寧にやっていくことが、結果的に、いい選手に出会えることに繋がるのかなとも思いますね。

――「種を蒔く」って感じですね。

福島:そうですね。そこはすでに山崎一彦先生(日本陸連強化委員長)が体現しましたよね。10年前にダイヤモンドアスリート制度をつくって、そこから巣立った選手たちが、今、こんなに活躍しているわけですから。私は、もうちょっと下のレベルで土を耕す感じかもしれませんが…。

――まずは陸上が好きで続ける子どもを増やして、そのなかから秀でた才能を持っている人が世界で活躍するようになり、その人たちに憧れて次の世代の子どもたちが陸上をやっていく…そういうサイクルができるといいですよね。

福島:はい。できれば、その両方に役立っていけるようになればいいなと思います。そのためにも、もっともっと勉強しなくちゃ(笑)! いろいろな引きだしがあることが、コーチングにとってはすごく大事だと思うので。

陸上選手が自らの価値を高めることで
陸上の価値も高まる

――2040年に向けて、これからさらに大きく変わっていくことを期待したい状況ですが、福島さんご自身がスプリンターとして最も目覚ましい活躍をしていたころに比べて、すでに変化してきているなと感じている面はありますか?

福島:スポンサードしてくださる企業やメーカーさんの取り組み方に少し変化が出てきているように思います。裏付けとなる具体的なデータがあるわけではなく、あくまで私自身の感覚的な印象にすぎないのですが。

――どういうふうな変化が?

福島:例えば、私は現役時代には、アシックスさんをはじめ、本当にたくさんの支援をいただいていて、シューズやウエアといった物品の提供もしていただいてきましたが、近年では、そういったスポーツメーカーさんの提供も、物品だけでなく、機会や環境、場を提供するケースが増えてきているんじゃないかなと思うんです。先日も、アシックスの関係の方と「どうやったら女性がスポーツをする機会をもっと増やしていけるか」という話題で意見交換したのですが、「かわいいウエアをつくることよりも、もっと女性がスポーツにアクセスしやすい環境をつくったほういいじゃないか」というような声が挙がったんですね。そういうところが変化してきているように感じました。すでにやっている人に対して何かをするというよりは、「ゼロをイチにする活動」が増えてきているように思います。

――そういう視点は、競技者時代から接点があるからこそ、持てるものだと思います。

福島:私の場合は、本当に恵まれた状況で競技を続けることができたので、それはあるかもしれません。ただ、これからのことを考えるのなら、例えば、選手がスポンサードしてもらうこと一つを考えても、「ただ強いから」というようよりも「社会的価値がある」という側面がもっと評価されるようになるんじゃないかなと思いますね。例えば、「こんなに速い選手がいるんです」というだけよりも、「この選手なら、こういう社会貢献ができます」みたいなことを言える選手のほうが、魅力を感じてもらえそうな気がします。トップ選手が、そういうことをできるになると、「陸上選手の価値」はさらに上がっていくと思うんです。

――そこは、コーチとなった今だからこその視点ですね。

福島:はい。本当にそう思います。山崎先生がよく仰る「陸上の価値を上げる」というのは、そういうことも含まれるんだなというのを、自分が実際に選手を預かる立場になって、すごく学ぶことができました。
そういう選手たちが競技生活を終えたあとに、社会で活躍して、社長とかになって、選手を受け入れてくれたり陸上への支援をたくさんしてくれたりしてくれたら素敵だと思いませんか? 陸上をやっていた人たちが、陸上をずっと好きで、陸上選手をサポートしてくれて、陸上界に支援とか機会とか場を与えてくれたなら、もっともっと日本に陸上という文化が根づくかもしれませんよね。「もともと陸上をやっていました」という人たちが世の中に増えることも、2040年の日本に、陸上が当たり前に溶け込む一歩かもしれないです。

――そのサイクルができたとしたら、それはもう本当に陸上の価値そのものだといえそうですね。

福島:もう少し私も早い年代で、そういうことに気づけていたら、もっと頑張って勉強していたかもしれないです。そういう陸上選手になれていたかはわかりませんが(笑)。

――これからはコーチとして、伝えていく側、導いていく側で陸上界を支えていってくださるはずと期待しています。本日はありがとうございました。

(2024年9月4日収録)

取材・写真・文:児玉育美(JAAFメディアチーム)

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