陸上の可能性と未来を考える『RIKUJO JAPAN』プロジェクト。ここでは、地域発の賞金レース「THE GAME in MIE」についてご紹介しよう。
8月24日に三重県伊勢市の三重交通G スポーツの杜 伊勢競技場を舞台に、「陸上競技の魅力を最大限に引き出し、観客と選手の双方にとって忘れられない体験を」を掲げて初開催。招待選手が出場する「THE GAME」の男女100mと、小学生からシニアまで男女100m公認レース「PB CHALLENGE」、さらにオープン種目(50人まで)の50mレースが行われた。
最大の特徴は〝賞金〟が用意されていること。THE GAMEは優勝者に20万円、2位10万円、3位5万円、4~8位1万円と、ファイナリストには賞金が贈られた。
また、PB CHALLENGE出場者のうち、「自己新」をマークした選手にもAmazonギフト券、協賛の地元和菓子屋「古仁屋」のわらび餅をプレゼント。しかも、向かい風1.0m以上の場合は無風に、追い風2.1m以上の場合は追い風2.0mで換算して自己記録を上回る場合でも、賞品授与の対象となり、どんな条件でもモチベーションを持って記録に挑戦できる仕組みは、これまでにないものだった。
その挑戦を軽快な音楽が後押しし、レース間にはミニライブなどイベントを挟んでさらに盛り上げる。参加者とスタンドの観客が一体になる雰囲気が作られていた。
主催者提供
THE GAMEの男子100mは地元・三重出身のパリ2024オリンピック日本代表、上山紘輝(住友電工)が10秒57(-2.0)、女子100mは山中日菜美(滋賀陸協)が12秒09(-3.0)でそれぞれ優勝した。
「賞金レースは日本ではまだまだ少ないですから、そこを目指して出る選手もいれば、自己新を目指して出場した選手もいる。みんなが何かの目標に向かって挑戦できる大会が地元にあるというのは、すごくうれしいことです」と上山。また、シニアから小学生まで幅広い年代が参加できる大会ということについても、「トップ選手など上の人たちの走りを子供たちが見る機会があるというのはすごくいいことだと思います。トップ選手の走りを見て、自分も頑張ろうと思うきっかけになればいいですし、目標を持って楽しく陸上をやる、陸上を楽しんで観る雰囲気を作っていければいいですね」。五輪後、最初のレースとして今大会に出場し、この大会一番の歓声を浴びて、盛り上げに大きく貢献した。
女子優勝の山中も、その思いは同じ。「いろいろな世代のレースがあって、お互いに学べるところがたくさんあるのではないかと思います。レースにチャレンジしたり、レースを観たりしてみんなが楽しめるところがいいなと感じました」と、新たな大会の誕生を歓迎していた。
主催者提供
実際、参加者はそれぞれのレースを大いに楽しむ様子が見られた。中学生の部に出場した竹蓋文人選手(熊野RC)は、「向かい風で本当の自己新は出せなかったけど、無風換算で自己新だったので」と商品をゲット。「音楽が流れて、いつもの大会とは全然違う雰囲気だったので楽しかったです」と笑顔で振り返った。
父親の範明さんも「パリ五輪に出場した上山選手などトップアスリートと同じ会場で、同じ雰囲気を味わえて楽しかったです。県外の選手もたくさん参加していたようなので、大きな刺激になったのではないでしょうか」と話す。
同じように、「トップ選手と同じ場所で走れるので」と参加を決めたのが、伊勢市に隣接する志摩市の文岡中に通う谷岡優詩選手と、中井穂高選手。大会の雰囲気を楽しみながら、ともに自己新賞を獲得し、「初めて味わう雰囲気だったので、楽しかったです」(谷岡選手)、「来年もあったらまた出てみたい」(中井選手)と声を弾ませていた。
小学生の部に出場した杉野光琉選手(DRS)、父親の雅哉さんから「オリンピック選手やプロの選手と同じ大会に出られるよ」と勧められて参加したそうで、「いつもよりも緊張しませんでした」と振り返り、「強い選手についていくことを意識してがんばりました」。弟の陽向くんは雅哉さんと一緒に50mレースに挑戦し、「楽しかったです」と家族で大会を満喫。雅哉さんも「一緒に招集所で待って、(子供の)後ろ姿を見るという良い経験をさせてもらいました」と目を細めていた。
大会を新たに創設する挑戦を、中心となって主導したのが株式会社IBAの荊木佑介氏だ。自身も三重県出身で、投てき選手として地元の名門・宇治山田商高などで汗を流した。中学、高校、大学の1学年先輩にあたる、株式会社リバティラボの松葉大和氏とともに目指したのが、「日本の陸上競技をもっと華やかな、夢のある、楽しいスポーツに」――だった。
株式会社IBAはフィットネス事業、スポーツコンサルティング事業などを展開しながら、アスリートのサポートも行っている。しかし、「頑張っている選手がいても、なかなか稼げないというのが実状ですし、子供たちが『こんな選手になりたい』と言ってくれるような競技になれていません」。だからこそ、「日本の陸上をなんとかしたい」という思いから、松葉氏とともに「まずは地元から盛り上げよう」と行動を起こしたという。
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大会のコンセプトは「賞金制度」「エンターテインメント」「観客参加型イベント」「デジタル戦略」「競技の強化・普及」の5つ。
このうち、肝になったのが「競技の強化・普及」に関わる部分。トップアスリートの走りを間近で見られること、さらには幅広い層の選手が参加できる大会にするということを目指したが、そこに「記録」が大きく関わってくる。
昨年も、非公認の大会を開催しているが、参加選手を集めることに苦戦した。よく聞かれた声が、「公認大会なら出るけども……」。陸上の「記録」に対する価値を再確認。今回は「公認レース」にこだわり、三重陸協と話し合いを重ねながら、大会の骨組みを作り上げていった。
大会の運営自体や、盛り上げるための仕掛けに関しては昨年の実績や、イベント運営のノウハウがあり、「選手をやっていた時もこんな大会があればという思いがあったので、そこが第一歩」。レースごとに音楽で盛り上げ、レースの合間にはインフルエンサーによるライブパフォーマンスなどを行う。その様子はYouTubeのライブ配信や、記録速報で日本中の陸上ファンに届けた。大会終了後にはファンとの交流イベントも実施。トップ選手との記念撮影やサインなど、最後まで観客と一体になる仕掛けを考案していく。
一方で、公認大会とするために、詳細の要件を満たしていく作業は「大変でした」と振り返る。競技運営と演出との兼ね合いを調整し、レースとイベントの両立を目指した。
そして何よりも、荊木氏には「トップ選手の走りを生で観て、感動してもらいたい、すごいなと思ってもらいたい」という強い思いがあり、選手招待には力が入った。真っ先に声をかけたのが、宇治山田商の後輩にあたる上山だった。
上山にとっては五輪から2週間というスパンでのレースだったが、「先輩方から声をかけていただいたので」と二つ返事で快諾。「少しでも力になれればと思って出場しました」。
「トップ選手を呼び、どんな見せ方をしていくのか。陸協さんとのやり取りや、集客のために大会をどう認知させていくかなど、課題はたくさんありました」と荊木氏。新しいものを生み出す過程の難しさを感じつつも、一つひとつクリアして開催にこぎつけた。
苦労の甲斐もあって、大会を訪れた人は参加者を含めて約700人に上り、選手との交流会に参加できる特典付きの1枚4,000円の有料観戦チケットも50枚近くが売れた。
広告事業も手掛けている流れから、地元企業を中心に多くの賛同が得られ、スポンサーのボードや横断幕がずらりと並んだ。大会運営費や選手への賞金も確保。「自己新を出した選手が想定よりも多かった」そうで、用意した賞品はギリギリになったが、それは大会が盛り上がったという一つの証と言えるだろう。
今回は直線種目だけに絞ったが、投てき出身の荊木氏にとっては、「本当はフィールド種目もやりたかった」という心残りもある。「普段の競技会では、圧倒的にトラックに注目が集まります。でも、フィールドにもしっかりとスポットを当てることができると思っています」。
それらも含めて、今後は「陸上をいかに“自立”させられるか」を大きな課題としていくという。
「スポーツイベントとして、もちろんスポンサーさんに頼ることも一つの方法です。でも、陸上自体で自立していく。お金を生む仕組みをもっと作っていかないといけないと感じています。だからこそ、もっと観客を巻き込んで、飽きさせない形を作っていくことが必要です。そのためには、大会をいかに盛り上げていくか。観客が増えれば、もっとスポンサーさんも増えていくでしょう。その両方が徐々に上がっていくことを、目指していきたいと思っています」
地元・三重で「こういうことができたというのは、大きなことでした」と振り返る荊木氏。ただ、本当の意味で陸上を盛り上げるには、「陸上に関わる人全員がやっていかないといけない」と訴える。伊勢で生まれたムーブメントを、いかに広げていくのか。選手や観客の声を取り入れながら、「もっとバージョンアップしていきたい」と力強く語った。
文・写真:月刊陸上競技編集部