パリオリンピックイヤー最初の“日本一”の座を懸けて、第107回日本陸上競技選手権大会・室内競技(以下、日本選手権室内)が2月3~4日、大阪城ホール(大阪市)で開催される。世界陸連(以下、WA)が展開するワールドランキング制で大会カテゴリDに属するこの大会は、パリオリンピックを目指すアスリートたちにとって、より高いポイントを得られる貴重な機会。跳躍種目については、参加標準記録突破に挑めるチャンスでもある。
エントリーしている選手には、すでに海外で、室内または屋外競技会を消化して本大会に臨む者もいれば、大会2週間後の2月17~19日に予定されているアジア室内選手権(以下、アジア室内)との2連戦を予定している者もいる。各選手のパリオリンピックに向けた戦略を推測したり、現在の状況をチェックしたりしながら見ておくと、4月から始まる日本グランプリシリーズをはじめとする屋外シーズンを、よりいっそう楽しめることだろう。
オリンピックシーズンに好発進を見せるのは誰か? 新記録誕生や参加標準記録突破のアナウンスなるか? また、併催される2024日本室内陸上競技大阪大会(以下、日本室内大阪大会)においても、U20、U18、U16の各区分で注目選手がエントリー。こちらも勝負・記録とも大いに期待ができそうだ。舞台となる大阪城ホールでは、今年も両日ともに入場無料で観戦が可能。ライブ配信も予定されているが、ぜひ、会場に足を運んで、室内競技会ならではの迫力を楽しんでいただきたい。
ここでは、トラック編とフィールド編の2回に分けて、日本選手権室内の見どころを紹介していくことにしよう。
※出場者の所属、記録・競技結果等は1月31日時点に判明しているのものを採用。また、エントリーは、1月15日に確定した出場者リストに基づき、1月31日までに主催者へ報告のあった情報を加えたが、その後、欠場者が生じる可能性はある。
文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真:フォート・キシモト、アフロスポーツ
日本選手権室内で実施されるトラック種目は、男女ともに60mと60mHの2種目。どちらもパリオリンピックの参加標準記録には含まれていないが、WAワールドランキングでは、60mは100mに、60mHは110mH(男子)および100mH(女子)に紐づく種目となっている。カテゴリDに属するこの大会は、8位までに入賞すれば、このカテゴリに基づく順位スコアも加算されるため、選手たちにとってはランキング順位を上げる絶好のチャンス。また、ここまで実施してきた冬期トレーニングの進捗を確認する機会にもなっている。
◎男子60m
1月30日に、オストラヴァ(チェコ)で行われたWA室内ツアー・ゴールドのチェコ室内男子60mで、桐生祥秀(日本生命)が6秒53の室内日本新記録で優勝。2019年に川上拓也(大阪ガス)とサニブラウンアブデルハキーム(東レ、当時フロリダ大、ダイヤモンドアスリート修了生)が樹立した室内日本記録(6秒54)を、5年ぶりに書き換えた。桐生自身にとっては、100mで日本人初の9秒台突入(9秒98)を果たした2017年以来となる日本新記録。パリオリンピックに向けて、上々のスタートを切っている。今大会は、その桐生も含めて昨年の主要国際大会(アジア選手権、世界選手権、アジア大会)を戦った日本代表メンバー、そして日本記録保持者(9秒95、2021年)の山縣亮太(セイコー)はエントリーしていない。さらに前回覇者の覇者の竹田一平(スズキ)は海外転戦中のために出場をキャンセル。アジア室内への出場が決まっている多田修平(住友電工)も、1月27日にカザフスタンで行われたWA室内ツアー・ゴールドのアスタナ室内で2位(6秒58)の成績を収めたあと、アジア室内に向けて調整するために、欠場を発表した。
記録への期待ということでは寂しさも否めないが、優勝争いの行方は一気に混沌としたものなった印象だ。予選通過ラインも含めて、激戦必至となるだろう。世界レベルのネームバリューを持つ選手の不在は、若手にとっては“日本一の座”をつかむ千載一遇のチャンスともいえる。オリンピックシーズンに向けて、誰が新たに名乗りを上げてくるのかに注目したい。
資格記録で一番手に立つのは、高校生の黒木海翔(東福岡高)。昨年のインターハイ100m・200mチャンピオンで、国体では高校歴代2位の10秒19をマークした。これは、高校時代のサニブラウンを上回るタイムだ。日本選手権室内には昨年も出場していて、B決勝で2位の結果を残している。このとき予選でマークした自己記録の6秒79は、確実に更新してくるだろう。60mのU20日本歴代リストは、桐生(当時洛南高、2014年)の6秒59を筆頭に、6秒65、6秒71、6秒71、6秒72と続く。高校生の日本チャンピオン誕生なるかとともに、予選を含めて歴代上位記録にどこまで迫っていくかも見どころとなりそうだ。
昨年100mで10秒2台前半まで一気に記録を伸ばしてきた藤原寛人(中央大)、岡崎隼弥(アスリートリンク)、植本尚輝(エースジャパン)は、高校生に負けてなるものかと牙を研いでいるはず。勝てば、どの選手も初のタイトル獲得となる。屋外でのさらなるステップアップのためにも、タイトル獲得のチャンスをものにしたい。これに続くのは、前回、大東文化大の先輩後輩コンビで3・4位を占めた平野翔大(新潟アルビレックスRC)と守祐陽(大東文化大)。当然、表彰台の最も高いところを狙って、挑んでいくことになるだろう。
◎女子60m
君嶋愛梨沙(土木管理総合)、兒玉芽生(ミズノ)、鶴田玲美(南九州ファミリーマート)と、昨年の女子100m日本リストで上位を占めた3選手がエントリー。豪華な顔ぶれが揃った。君嶋は、昨年の日本選手権100m・200m2冠を達成。ブダペスト世界選手権では個人種目(100m)での出場を果たした。60mの自己記録は、昨年のアジア室内(5位)でマークした7秒40。これを上回ってくるようだと、レース終盤で強さを見せる屋外種目での躍進が楽しみになるだろう。100mで日本歴代2位の11秒24(2022年)の自己記録を保持する兒玉は、ここ数年、エース的な存在で女子短距離を牽引してきた選手。昨年はケガの影響で苦しんだが、秋に復調して11秒37まで戻してきた。1月27日には、カザフスタンで行われたアスタナ室内の女子60mに出場し、決勝進出はならなかったが、日本歴代3位となる7秒37をマークする滑りだしを見せている。室内日本記録は7秒29(福島千里、2012年)。ここにどこまで迫れるか。兒玉とともに近年の女子スプリントを引っ張ってきた鶴田は、自己記録こそ2020年以降更新できていないが、昨年は200mでブダペスト世界選手権に出場した。高いレベルでの安定感が光るタイプ。60mの自己記録は、2022年にマークした7秒49。これを塗り替えていく力は十分にある。この3選手に、前回覇者の三浦由奈(筑波大)、そして、2021年大会チャンピオンで、このときU20日本記録となる7秒38をマークしている三浦愛華(園田学園女子大)あたりで、メダル争いを繰り広げそう。また、昨年の日本インカレ100mでワン・ツー・スリーを果たした甲南大からは、2・3位を占めた岡根和奏と奥野由萌の2年生コンビがエントリー。岡根11秒55、奥野11秒58と、どちらも昨年一気に伸びてきた成長株だけに、上位戦線に絡んでくる可能性もありそうだ。
◎男子60mH
110mHで、昨年、自身の日本記録を13秒04に引き上げるとともに、ブダペスト世界選手権5位入賞、ダイヤモンドリーグファイナル4位など、名実ともに世界的ハードラーの仲間入りを果たした泉谷駿介(住友電工、60mH日本記録保持者)、その泉谷に並ぶ13秒04をマークして、もう一人の日本記録保持者となった村竹ラシッド(順天堂大)の2人は、屋外シーズンに合わせていく方針を選択したため不出場。また、昨年、日本歴代5位の13秒20をマークした野本周成(愛媛陸協)は、アジア室内の代表に選出されているが、この大会にはエントリーしていない。この結果、現段階でパリオリンピックの参加標準記録突破済みの、2023年日本リスト上位3選手不在という状況のレースとなる。優勝争いの筆頭は、前回覇者の高山峻野(ゼンリン)。これまで何度も日本記録を塗り替え、日本の“トッパー”の水準を引き上げ続けてきた実力者で、日本歴代2位となる13秒10の自己記録(2022年)を持つ。昨年のシーズンベスト13秒25は、パリオリンピック参加標準記録(13秒28)を上回っているが、有効期間が始まる前にマークしたものであるため、現段階では未突破の状態。ただし、昨年はアジア選手権とアジア大会で金メダルを獲得、さらにブダペスト世界選手権でも準決勝進出を果たしたことで、ワールドランキングの順位は16位。パリオリンピックのターゲットナンバー(出場枠、40)内に位置している。60mHの自己記録は2021年マークした7秒62。7秒5台に突入し、室内日本記録の7秒50に迫る走りが見られるか。抜群の安定感が強みであるだけに、ここで好スタートを切れるようだと、パリ行き切符を巡るこの種目の戦いは確実に激化することになるだろう。
60mHで高山を上回る7秒57(日本歴代3位)の自己記録を持っている石川周平(富士通)が欠場となったことで、高山に続くのは藤井亮汰(三重県スポーツ協会)となりそうだ。国内大会では決勝の常連といえる存在で、昨年は、2021年に出した自己記録13秒41を再びマークしている。日本選手権室内は、2021年4位、2022年4位、2023年3位。今年はさらに上を狙っていきたい。昨年110mHで13秒5台に突入した町亮汰(国際武道大、13秒50)や小池綾(法政大、13秒57)、そして2年連続して13秒51で走っている徳岡凌(KAGOTANI)は、メダルを狙っての戦いとなりそう。このほか、前回、高山に次いで2位を占めた河嶋亮太(旭油業NEXT)は、110mHでは13秒71(2021年)がベストの選手。持ちタイムで上回るこれらの選手を相手に、どんなレースを見せるかも見どころになりそうだ。
◎女子60mH
この種目も、室内日本新記録がアナウンスされる可能性がある種目の1つ。100mHでは、昨年、新たに3選手が13秒台の壁を突破し、日本歴代リスト、2023年日本リストともに上位6選手が12秒台で並ぶ活況となった。今大会は当初、この6名のうち寺田明日香(ジャパンクリエイト、12秒86=2023年。アジア室内に出場)と田中佑美(富士通、12秒89=2023年)を除く4選手がエントリーしていたが、その後、日本記録保持者(12秒73、2022年)である福部真子(日本建設工業)が欠場を報告。青木益未(七十七銀行、12秒86=2022年)、清山ちさと(いちご、12秒96=2023年)、大松由季(CDL、12秒97=2023年)の3選手が出場する。頭一つ抜けた存在と言ってよいのは青木だろう。5連覇という偉業とともに、好記録も期待できそうだ。青木は、2021年に叩きだした当時の室内日本新記録8秒05(現大会記録)を筆頭に、この大会で複数回にわたり8秒0台をマーク。圧巻の安定感でここまで4連覇を達成してきた。昨年は、大会を制した足でそのまま渡航したアジア室内で、8秒01の室内日本新記録を樹立して金メダルを獲得。歴代記録で上にいた中国選手2名をかわし、アジア歴代4位から2位へとジャンプアップも果たしている。室内アジア記録は、2000年シドニーオリンピック金メダリストのオルガ・シシギナ(カザフスタン)が1999年にマークした7秒82。さすがにこの記録に迫るのは厳しいだろうが、日本人で初めて、アジアでも2人目となる7秒台突入は、十分に手が届くところまで来ている。
清山と大松は、12秒台ハードラーになって初めて臨む日本選手権室内となる。60mHの自己記録は、清山が8秒17、大松が8秒23で、どちらも前回大会でマークした。12秒台突入を果たした昨年を上回る好スタートを、ぜひ切りたいところだろう。100mHで13秒00(2021年)の自己記録を持つ鈴木美帆(長谷川体育施設)は、60mHの自己ベストは清山と同じ8秒17(2021年)で、2022年には世界室内にも出場している選手。この大会の最高成績は2021年大会の3位。タイム・順位ともに上回ってくる可能性がある。
高校生では、前回は併催の日本室内大阪大会U20の60mHに出場し、U20日本歴代4位の8秒37で優勝している林美希(中京大中京高)が、唯一エントリー。ご存じの通り、100mHと七種競技の2種目で、インターハイ2連覇を達成している選手だ。60mHのU20日本記録は8秒29(小林歩未、2019年)で、歴代上位記録は8秒32、8秒34と続く。ハイテンポで進むシニアのリズムに乗って、うまくインターバルを刻むことができれば、好記録が誕生するかもしれない。
第107回日本陸上競技選手権大会・室内競技
(2月3日~4日@大阪・大阪城ホール)
ライブ配信1日目:2月3日(土)
トラック競技全種目・表彰(https://youtu.be/Y3Cw_6Ehkew)
フィールド競技全種目
(https://youtu.be/iTcUI9xNMY4)
ライブ配信2日目:2月4日(日)
トラック競技・表彰、U20女子走幅跳、日本選手権女子走幅跳、日本選手権男子走高跳
(https://youtu.be/nXNoeD3ukiY)
日本選手権女子走高跳、U20男子棒高跳、U20男子走幅跳、日本選手権男子走幅跳、日本選手権男子棒高跳、U20男子三段跳、日本選手権男子三段跳
(https://youtu.be/Cns4E1dM3cw)
※配信時間は目安となります。
※応援TV・日本陸連公式チャンネル(https://ohen.tv/channel/)、日本陸連公式X(https://twitter.com/jaaf_official)でも予定しています。
テヘラン2024アジア室内陸上競技選手権大会
(2月17日~19日@イラン・テヘラン)
【日本代表オフィシャルサイト】
https://www.jaaf.or.jp/teamjapan/
【大会ページ】
https://www.jaaf.or.jp/competition/detail/1840/【日本代表選手】
日本代表選手が決定!~世陸入賞の廣中・赤松をはじめ、17名が冬のアジアへ挑む~https://www.jaaf.or.jp/news/article/19309/
能登半島地震復興支援 チャリティーオークション
>>詳細はこちら
日本陸上競技連盟アスリート委員会は、バリュエンスジャパン株式会社と連携し、能登半島地震復興支援のためのチャリティーオークションを開催いたします。このオークションの収益は、日本赤十字社などを通じて被災地の救援に役立てていただく予定です。
毎年4月に日本陸上競技選手権大会・35km競歩を開催している石川県輪島市をはじめ、被災地の皆様が安心して過ごせる日々が一日も早く戻りますよう、お祈り申し上げます。
能登半島地震による被災地・被災者への義援金の募集について
>>詳細はこちら
日本陸上競技連盟では、陸上界として被災地および被災された方々の支援、災害対応や復興のお役に立てるよう、義援金を募集します。皆様からお寄せいただきました義援金は、日本赤十字社に「令和6年能登半島地震災害義援金」として寄付します。
>>義援金の募集について(PDF)