2023.02.02(木)大会

【日本選手権室内】展望:室内競技会の強みを活かした好記録誕生なるか!?~ フィールド編(走高跳・棒高跳・走幅跳・三段跳)~



第106回日本陸上競技選手権大会・室内競技
が2月4~5日、2023日本室内陸上競技大阪大会(以下、日本室内大阪大会)との併催で、大阪市の大阪城ホールにおいて行われる。シニア種目のみ「日本選手権・室内競技(以下、日本選手権室内)」として実施し、ジュニア年代は日本室内大阪大会としてU20、U18、U16の3区分で行われる形が、ここ数年ですっかり定着。日本選手権室内での成績は、世界陸連(以下、WA)が展開するワールドランキングのポイント獲得に直結するという点で、ショートスプリントおよびハードル、そして跳躍種目のアスリートにとっては、屋外シーズンをスムーズに滑りだすためにも貴重な位置づけとなりつつある。

今年は、久しぶりに2月上旬に日程が組まれるカレンダーに。ただし、翌週末にあたる2月10~12日に、アスタナ(カザフスタン)で開催のアジア室内選手権(以下、アジア室内)が入ったため、代表に選出された競技者では、日本選手権室内にはエントリーせずにアジア室内へ向かう者と2連戦を計画している者とに分かれる形となった。また、この夏に開催されるブダペスト(ハンガリー)での世界選手権を経て、2024年にはパリオリンピック(以下、五輪)、2025年には日本での開催となる東京世界選手権と、重要度の高い世界大会が続くため、これらを見据えて海外での室内転戦やトレーニングを優先させた者も。個々の戦略や方針を窺うこともできるエントリー状況といえるだろう。

この大会は、日程の調整や無観客、指定席制などの措置はとられたものの、これまで新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)による中止はなく、毎年開催することができている。今年も入場無料の有観客で実施することが決まっている。ライブ配信も予定されているが、室内大会の醍醐味は、なんといっても観客席が競技エリアに近いこと。ボードの上に走路が敷かれるため足音が大きく響き、屋外競技場よりもより迫力を感じることができる。また、寒さの厳しいこの時期、天候や風を気にすることなく、23℃前後に保たれた室温のなかで快適に観戦できるのも嬉しいところだ。事前の申請は不要なので、マスク着用や声出し応援の自粛など、感染症対策に協力をいただきつつ、ぜひ、会場で楽しんでいただきたい。

ここでは、トラック編とフィールド編に分けて、日本選手権室内の見どころを紹介していくことにしよう。

>>展望(トラック編)はこちら

▼ブダペスト2023世界選手権 日本代表選考要項
https://www.jaaf.or.jp/files/upload/202209/27_175114.pdf 

▼【ブダペスト世界選手権への道】参加資格有資格者一覧
https://www.jaaf.or.jp/news/article/17055/

フィールド種目

日本選手権室内のフィールド種目は、男女ともに跳躍4種目が行われる。記録の扱いは、すべて屋外と同等。つまり、ブダペスト世界選手権の参加標準記録突破を狙える貴重なチャンスを意味する。昨年に比べると会期が1カ月以上早まっているため、室内日本記録や世界選手権参加標準記録といった高い水準を求めるのは酷かもしれないが、天候が不安定な春先の屋外競技会では、特に跳躍種目においては、寒さや風の影響に苦しむケースも少なくない。安定したコンディション下で競技に集中できる室内ならではのメリットを大いに生かしたい。
大阪城ホールに設営されるピットは、屋外走路に比較すると弾性があるため、好みが分かれる傾向がある。また、基礎体力の充実から徐々に跳躍技術のトレーニングへと移行していくこの時期では、室内大会を実戦のなかで技術をチェックする機会と位置づけて臨んでいるケースも。そうした背景を想像しながら、各選手のパフォーマンスを楽しもう。


◎走高跳

日本記録保持者(2m35)で東京五輪ファイナリストの戸邉直人(JAL)は、昨年受傷したアキレス腱断裂からの再起を目指し、復帰の過程にいるため今大会は不出場。また、前回チャンピオンで、オレゴン世界選手権において、この種目で日本人初の入賞(8位)を果たした真野友博(九電工)もエントリーしていない。ブダペスト世界選手権の参加標準記録は、オレゴン時よりも1cm下がって2m32となった。2m30台の自己記録を持つ2選手が不在のなか、今大会は、これに続く層の戦いが見どころになる。

中心になってくるのは、前回大会で2~4位を占めた赤松諒一(アワーズ)、瀬古優斗(滋賀陸協)、長谷川直人(新潟アルビレックスRC)か。赤松は、昨年、世界選手権初出場を果たしたが、岐阜大2年時の2015年の段階で2m25を跳んでいる選手。2020年に2m28をクリアすると、2021年は2m27、そして昨年が2m28。2m30台突入は間近に迫っている。
2021年の静岡国際で、自己記録を一気に6cm更新する2m27を跳んで話題となった瀬古は、昨年はシーズンベストこそ2m25だったが、全日本実業団で初優勝を果たしたほか、“上位を争う顔”として認知されるようになってきた。赤松と瀬古は、翌週に行われるアジア室内にも代表入り。ともに、この2連戦で屋外シーズンに向けて弾みをつけたい。

長谷川は、2018年のインカレチャンピオン。自己ベストは2021年にマークした2m26だが、昨年(2m25)を含めて2019年以降は4年連続で2m25以上の記録を残している。年次記録の水準を2~3cm引き上げるとともに、シーズン中の記録の波を安定させていければ、飛躍が期待できる。
この3選手に続く勝田将(三重教員AC)は、社会人になってから記録を伸ばしてきている選手で、2021年に2m20台(2m22)に記録を乗せると、昨年は2m24をクリアした。白子中3年時(2010年日本ジュニア室内)以来となる室内競技会で、どんな跳躍を見せるかにも注目だ。

女子走高跳のブダペスト世界選手権参加標準記録は1m96。これは日本記録(今井美希、2001年)と同じだが、現段階の日本の女子では、大きく開きがあるのが実情だ。
この大会では、前回覇者の髙橋渚(メイスンワーク)に、連覇とともに記録面でのさらなる躍進に期待がかかる。昨年の髙橋は、学生最後となった前回大会を、大学1年時にマークした自己記録(1m80)とタイで初優勝を飾ると、社会人として臨んだ屋外シーズンは、日本選手権を1m81で初優勝。南部記念で1m83(優勝)、全日本実業団で1m82(2位)をクリア。最終戦の国体では1m84(優勝)まで記録を更新する転機の1年となった。験の良いこの大会で、2023年シーズンも好スタートを切りたい。

髙橋を追う一番手となるのは、同学年の武山玲奈(エディオン)。屋外では2021年の日本選手権を制し、髙橋より先に日本チャンピオンとなっている。昨年は、2年間1m78で足踏みしていた自己記録を2cm更新し、1m80台ジャンパーの仲間入りを果たした。この大会は2年連続2位。そろそろ“金のライオン”(日本選手権では、ライオンの顔が彫られたメダルが贈られる)が欲しい。

ここに続くのが、昨年1m79をクリアして自己記録を塗り替えた諸隈あやね(日本女子体育大、日本インカレ覇者)と青山夏実(ダイテックス.AT)。さらに竹内萌(栃木スポ協)のシーズンベスト1m78は、2019年、2021年を含めると5回成功している自己タイ記録。これらの選手にも1m80台突入の可能性はある。


◎棒高跳

男子棒高跳のブダペスト世界選手権参加標準記録は、従来から1cm上がって5m81となった。この記録が狙える水準にいるのは、東京五輪に出場した山本聖途(トヨタ自動車)と江島雅紀(富士通、ダイヤモンドアスリート修了生)だが、江島は、昨シーズン中に見舞われた骨折からの回復途上で、今大会は不出場。昨年から本格的に拠点をフランスに移した山本は、室内シーズンもヨーロッパで転戦を重ねているため、残念ながら2人の跳躍を見ることはできない。今大会はエントリーが6名と少なく、昨年のシーズンベストが5m40~5m50の顔ぶれとなった。棒高跳は競技時間が長くなりがちだが、今回は駆け引きに満ちた短期決戦型の勝負になる可能性が高い。
自己記録・実績ともにリードするのは竹川倖生(丸元産業)。自己記録の5m70は、初優勝を果たした2021年日本選手権でマークしたものだが、法政大時代から活躍し、2018年アジア大会、2019年ユニバーシアード(現ワールドユニバーシティゲームズ)等での代表実績も持つ。小柄ながら高い技術を有し、美しい跳躍を見せることで知られる。

澤慎吾(きらぼし銀行)の自己記録は社会人1年目の2019年にマークした5m61だが、5m40を初めて跳んだ日本大2年の2016年以降、昨年まで安定して5m40~50のシーズンベストを残しており、そろそろ殻を破ってきそう。この冬は、体力・技術とも充実した練習が積めており、初戦となった棒高跳サミット(1月、アメリカ)では、記録こそ5m21にとどまったものの良い手応えをつかんでいる。
若手では、U20世界選手権では7位入賞の成績を上げた原口篤志(東大阪大)の動向に注目したい。また、石丸颯太(順天堂大)も、昨年、日本インカレを制した際に成功した5m40の自己記録を塗り替えるべく挑んでくるだろう。

女子の室内日本記録は4m33、屋外の日本記録は4m40。ともに我孫子智美(滋賀レイクスターズ)がマークした記録だが、この大会で更新される可能性がある。記録面で筆頭に挙げることができるのは那須眞由(KAGOTANI)。昨年4月の兵庫リレーカーニバルで、日本歴代4位、現役競技者としては最高記録となる4m33の攻略に成功した。過去に屋外の日本選手権で2回(2019・2020年)、室内でも2020年に優勝を果たしている選手だが、昨年は日本選手権を含めて全国優勝はゼロにとどまった。転戦となるアジア室内に向けて、弾みをつける結果を手にしたい。

那須と優勝争いを繰り広げる可能性があるのは、昨年の日本選手権で那須を抑えた竜田夏苗(ニッパツ)と諸田実咲(栃木スポ協)の2人だろう。ともに4m30の自己記録を持ち、日本選手権でのタイトルも獲得歴がある。室内に強いのは諸田。昨年マークした4m21を上回って勝てば、3年連続大会新での優勝となる。

この種目のブダペスト世界選手権参加標準記録は4m71と日本記録すらも大きく上回るが、今年はアジア選手権、アジア大会が控えているだけに、これらの代表入りにつながる跳躍を期待したい。


◎走幅跳

アジア室内は、第一人者の橋岡優輝(富士通、ダイヤモンドアスリート修了生)が1月末の段階で出場を辞退したため、昨年8m17まで自己記録を伸ばしたオレゴン世界選手権代表の山川夏輝(佐賀スポ協)のみが出場。山川は、日本選手権室内にはエントリーしておらず、アジア室内に向けて調整を進めている。この種目は、現段階でブダペスト世界選手権参加標準記録(8m25)を突破した者はいないため、トップ陣は、まずはこの記録を目指しての挑戦となっていく。

日本選手権室内には、屋外で8m40の日本記録を持つ城山正太郎(ゼンリン)がエントリー。2019年ドーハ世界選手権ファイナリストで、2020年東京五輪にも出場している。北海道を拠点としているため屋内を含めたシーズン序盤の立ち上がりに苦労する傾向を持つが、この大会では実戦のなかで技術を確認する一方で、WAワールドランキングのポイントも獲得しておきたい。

資格記録でトップに立つのは、2020・2021年と続いた7m88の自己記録を、昨年、一気に8m11まで更新した鳥海勇斗(日本大)だ。橋岡や山川と同じ“森長正樹”(元日本記録保持者)門下生。大学2年の2021年には学生チャンピオンになっている。昨年は、実績面では物足りなさが残ったが、最終戦として臨んだ日大記録会で8m11をマーク。その勢いを、うまくつなげていけるようだと、屋外シーズンも楽しみになってくる。
上位争いの常連である小田大樹(ヤマダホールディングス)も日本大の出身で、山川とは同期。昨年は、10月の田島記念を、大学4年時(2017年)に出した自己記録に並ぶ8m04で勝利し、シーズンを締めくくった。鳥海同様に「好スタートなるか」に注目だ。

女子は、昨年、オレゴン世界選手権への出場を果たし、自己記録も6m67まで伸ばした秦澄美鈴(シ
バタ工業)と、高校時代から日本選手権優勝やU20世界選手権メダル獲得などの活躍を見せ、昨年6m50の自己新記録をマークした髙良彩花(筑波大)の“2022年トップ2”は、アジア室内に照準を合わせるため、エントリーを見合わせた。記録への期待が、やや下がってしまうことは否めないが、ここまで3年続けて秦が守ってきた室内日本チャンピオンの座を巡って、激しい勝負が繰り広げられそうだ。
出場者中、最も記録がよいのは6m29の熱田心(岡山陸協)。これは昨年、マークした記録だが、実は熱田は、七種競技が専門で、昨年、日本歴代10位に浮上する5517点をマークして注目された選手。七種競技と走幅跳以外でも、100m、200m、800m、100mH、走高跳、砲丸投で自己記録を更新している。日本チャンピオンのタイトルを獲得する絶好のチャンスともいえそうだ。

ベテランと呼ばれる年代となった嶺村優(オリコ)は、昨年の屋外の日本選手権で秦、髙良に続き3位。昨年のシーズンベストは6m17だが、2021年に6m25の自己記録をマークしている。日本選手権室内は前々回3位、前回2位。“金色のライオン”を、好記録で手にしたいだろう。
若手の注目株は、高校1年生の近藤いおん(流山ホークアイ)。中学のころから、元トップジャンパー(8m05)である猿山力也・流山ホークアイ監督の指導を受けて力をつけてきた選手。城西大城西高1年の昨シーズンは、インターハイには出場せず、U20世界選手権を選択。国体は少年共通種目で1年生優勝を果たした。この大会は、前々回はU16で、前回はU18で出場して、それぞれ2位。今回は日本選手権の部での挑戦となる。


◎三段跳

男子三段跳には、昨年、室内・屋外ともに日本選手権を獲得した伊藤陸(近畿大工業高専)がエントリー。屋外では、2021年に17m00(=学生記録)の自己記録をマークしており、2年連続3回目の優勝だけでなく、1992年以来更新されていない16m70(山下訓史)の室内日本記録の更新も期待できる。ただし、「移動などに問題がないなら、両方出るつもり」と、現段階でアジア室内との連戦を予定していて、WAワールドランキングのポイント獲得等も考慮するなら、大会カテゴリーの高いアジア室内での好結果につながるような臨み方となるだろう。この種目のブダペスト世界選手権参加標準記録は、オレゴンから6cmも引き上げられて17m20に。自己記録と比較しても開きがあることは否めない。2024年パリ五輪、2025年東京世界選手権をも視野に入れるなら、社会人1年目となる2023年は、屋外で予定されているアジア選手権やアジア大会での活躍も見据えつつの挑戦となるはず。どういう戦略で調子を上げていくかも見守りたい。

前々回優勝者で、16m75のシーズンベスト(=自己記録)を残した2020年には屋外でも日本タイトルを獲得している池畠旭佳瑠(駿大AC)は、故障等の影響もあり、ここ2年は記録的には精彩を欠くが、昨年は全日本実業団をはじめ、織田記念、布勢スプリント、富士北麓ワールドトライアルできっちり優勝し、勝負強さを示した。16m30前後での戦いとなった場合は、タイトルを奪還する可能性も十分にある。
この2人を制するとしたら安立雄斗(福岡大)か。昨年は16m22の自己新をマークした日本選手権で池畠を抑えて2位に、日本インカレでは、その記録をさらに塗り替える16m31を跳んで伊藤を下した。勝負のかかった局面で、ベストが出せる勝負強さは武器となる。願わくは、この3選手を中心に、16m50のラインを越えるあたりでの戦いとなってほしい。

女子は、それまで森本麻里子(内田建設AC)が単独で躍進を見せていた状態から、昨年からは、髙島真織子(九電工)、船田茜理(武庫川女子大)の3人が、各大会で逆転劇を繰り広げる“戦国時代”へと突入。そのなかで森本は13m84へ、船田は13m81へ、髙島は13m48へと記録を伸ばしてきた。ライバルが競り合うなかで全体のレベルが高まる好循環が生まれている。

前回のこの大会で13m31をマークして室内日本記録を23年ぶりに書き換え、2連覇を果たした森本は、今年はヨーロッパを転戦中。すでに13m38の室内日本新をマークしているが、日本には戻らずにアジア室内に臨むため、今回はエントリーしていない。勝負は、船田と髙島を中心とした戦いになってきそうだ。
昨年、この大会の2位を含めて、シーズン序盤を優位に進めてきたのは髙島。4月の日本学生個人選手権は、オープンの扱いながら13m52(+4.1)をマーク。織田記念、静岡国際では、首位に立つ場面も見せながら、最終的に森本に次ぎ、船田の前にくる2位の成績を収めた。自己記録の13m48は静岡で跳んでいるが、2回目と3回目と2連続でこの記録を残した。条件が整えば、13m台後半の記録を狙える力は備えている。
一方の船田は、昨年は6月の日本選手権で13m46の自己新をマーク。ここで4連覇を達成した森本に次いで2位に食い込んだあたりから、勢いに加速がついた感がある。8月のトワイライトゲームスでは13m62をマークしたあとに13m81の大ジャンプを披露、学生記録保持者となった。9月の日本インカレでは13m56を跳び、学生タイトルを手に入れている。大学最後の1年となる今季は、ワールドユニバーシティゲームズの選考会となる4月の日本学生個人選手権に最初のピークを合わせる計画で、日本選手権室内は、そこに向けた実戦練習の位置づけで臨む予定だ。

女子のこの種目では、世界選手権参加標準記録が、オレゴンまでの14m32から、ブダペストは14m52と、なんと一気に20cmも引き上げられる“超ご無体設定”となった。それだけに日本勢としては、WAワールドランキングでのポイント獲得にも力を入れていく必要がある状況だ。まずは14m台突入を目指して競り合いながら、アジア選手権、アジア大会で複数が活躍する状況に、歩を進めてほしい。

※出場者の所属、記録・競技結果等は1月28日時点のもの。また、エントリーは、1月18日に確定した出場者リストに基づき、1月30日段階までに判明した情報を追加・反映させたが、その後、欠場や変更が生じる可能性がある。

文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真:フォート・キシモト


▼第106回日本陸上競技選手権大会・室内競技/2023日本室内陸上競技大阪大会 大会ページ
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