2022.07.15(金)選手

【記録と数字で楽しむオレゴン世界選手権】男子100m:90年ぶりの世界大会「ファイナリスト」なるか?!

7月15日(金)から7月24日(日)の10日間(日本時間では16日~25日)、アメリカ・オレゴン州ユージーンのヘイワード・フィールドを舞台に「オレゴン2022世界陸上競技選手権大会」が開催される。

日本からは、67人(男子41・女26)の代表選手が出場し世界のライバル達と競い合う。

現地に赴く方は少ないだろうがテレビやネットでのライブ中継で観戦する方の「お供」に日本人選手が出場する30種目に関して、「記録と数字で楽しむオレゴン世界選手権」をお届けする。

なお、これまでにこの日本陸連HPで各種競技会の「記録と数字で楽しむ・・・」をお届けしてきたが、過去に紹介したことがある拙稿と同じ内容のデータも含むが、可能な限りで最新のものに更新した。また、記事の中では五輪についても「世界大会」ということで、そのデータも紹介した。

記録は原則として7月7日判明分。
現役選手の敬称は略させていただいた。

日本人選手の記録や数字に関する内容が中心で、優勝やメダルを争いそうな外国人選手についての展望的な内容には一部を除いてあまりふれていない。日本人の出場しない各種目の展望などは、陸上専門二誌の8月号別冊付録の「世界選手権観戦ガイド」やネットにアップされるであろう各種メディアの「展望記事」などをご覧頂きたい。

大会期間中は、日本陸連のSNSで、記録や各種のデータを可能な範囲で随時発信する予定なので、そちらも「観戦のお供」にしていただければ幸いである。

現地と日本の時差は、16時間。マラソンと35km競歩以外の種目は、日本時間の深夜2時頃から昼頃まで競技が行われる。睡眠不足にどうぞご注意を!


(実施日時は、日本時間。カッコ内は現地時間)




男子100m

・予備予選 7月16日 04:30(15日12:30)
・予選 7月16日 10:50(15日18:50) 7組3着+3
・準決勝 7月17日 10:00(16日18:00) 3組2着+2
・決勝 7月17日 11:50(16日19:50)


90年ぶりの世界大会「ファイナリスト」なるか?!

日本選手権を10秒08(+1.1)で制したサニブラウンアブデルハキーム(タンブルウィードTC)と0秒02差で2位だった坂井隆一郎(大阪ガス)が、参加標準記録の10秒05をクリアし出場する。サニブラウンは100mでは3大会連続、200mを含めると4大会連続の世界選手権。坂井は初出場だ。

なお、1国3人でカウントしたワールドランキングで45位の桐生祥秀(日本生命)もターゲットナンバー48人以内で出場資格があったが、日本選手権(6位)後に今シーズンの休養を宣言し出場権を返上した。

五輪を含む世界大会でのファイナリストは、1932年ロサンゼルス五輪6位の吉岡隆徳(たかよし)さんのみ。90年ぶりとなる「日本人ファイナリスト」への期待が高まる。


◆世界選手権&五輪での日本人最高成績と最高記録

<世界選手権>  
最高成績準決勝3組5着10.26(+0.4)多田修平(関学大)2017年
準決勝1組5着10.15(-0.3)サニブラウンアブデルハキーム(フロリダ大)2019年
最高記録10.05(-0.6)サニブラウンアブデルハキーム(東京陸協)2017年予選2組1着

<五輪>  
最高成績6位10.7 吉岡隆徳(東京高師)1932年
最高記録10.05(+0.2)山縣亮太(セイコー)2016年 準決勝2組5着

ちなみに90年前の吉岡さんは「暁の超特急」と謳われ、素晴らしいロケットスタートで、決勝の70m付近までトップを走った。


◆世界選手権&五輪での決勝進出ライン

参加標準記録適用期間内(2021年6月28日~22年6月26日)の記録(1国3人以内。前回優勝者のいるアメリカは4人)では、坂井(10秒02=22年6月26日)が26位タイ、サニブラウン(10秒04=22年6月)が33位タイ。9秒台が20人もいてレベルは高い。

「表1」は、1968年以降の世界大会(五輪&世界選手権)での「ファイナルスト」への条件を調べたものだ。
1968年以降の五輪と世界選手権の決勝進出者で最も遅いタイム(「2組4着取り」で準決勝を通過した4着の選手で最もタイムが遅かった選手。または、「3組2着+2」の「+2」で最も遅いタイムで通過した選手)と準決勝落選者で最もタイムが良かった選手のデータをまとめた。

これによると、これまで準決勝落選者で最もタイムが速かったのは、2013年と2015年の世界選手権と21年東京五輪での「10秒00」だ。ということで過去の世界大会では、準決勝で9秒台で走った選手は「100%決勝に進出」している。今回のオレゴンではどうなるかはわからないが、これまでのデータからすると準決勝を「9秒台」で走れれば「ファイナリスト」が「かなり濃厚」ということになる。

とはいえ、21年の東京五輪では、準決勝の3組2着+2の「プラス2」は、第3組の9秒84と9秒90だった。この組の5着は10秒11だったが、もしも4着と同タイム9秒90で1000分の1秒単位で「着差あり」という5着の選手がいた場合「9秒90でも落選」という可能性があったことになる。実際は、2組2着の10秒00の選手が決勝に残り、1組3着と2組3着の2人が10秒00で落選した。


【表1/1968年以降の五輪&世界選手権の準決勝通過者最低記録と落選者最高記録】
・1968年のメキシコ五輪は、当時のルールで電動計時の100分の1秒単位を四捨五入して10分の1秒単位にしたものが正式記録とされた。また、当時のルールでは、手動計時との差を考慮して、電動計時を「0秒05遅れ」で作動させていたが、ここでは現行ルールの通りにその「0秒05」を加算したタイムで示した。
・「五輪」は、オリンピック。他は世界選手権を示す。
準決通過最低記録準決落選最高記録
1968五輪10.2610.22
1972五輪10.4810.42
1976五輪10.3710.33
1980五輪10.4510.44
198310.3910.40
1984五輪10.5210.34
198710.3710.24
1988五輪10.2410.31
199110.1310.17
1992五輪10.3310.34
199310.1510.20
199510.1710.20
1996五輪10.1110.13
199710.2210.18
199910.1410.13
2000五輪10.2010.25
200110.2910.26
200310.2710.22
2004五輪10.2210.12
200510.1310.08
200710.2110.19
2008五輪10.0310.05
200910.0410.04
201110.2110.14
2012五輪10.0210.04
201310.0010.00
20159.9910.00
2016五輪10.0110.01
201710.1010.12
201910.1110.11
2021五輪9.9010.00
   
最高記録9.9010.00
世選最高9.99(2015)10.00(2013・2015)
五輪最高9.90(2021)10.00(2016・2021)


◆1983年以降の世界選手権&五輪での決勝での着順別記録

「ファイナル」では、どれくらいのタイムでどれらいの順位が見込めるのか?
その参考になりそうなのが「表2」である。


【表2/1983年以降の世界選手権&五輪決勝での1~8位の記録】
・カッコ内は、のちにドーピング違反で失格となった記録で、後ろに当初の相当順位を記載。
風速1位2位3位4位5位6位7位8位
1983-0.310.0710.2110.2410.2710.2910.3210.3310.36
1984五輪0.29.9910.1910.2210.2610.2710.2910.3310.35
19871.09.9310.0810.1410.2010.2510.3416.23( 9.83=1)
1988五輪1.19.929.979.9910.0410.1110.1112.26( 9.79=1)
19911.29.869.889.919.929.959.9610.1210.14
1992五輪0.59.9610.0210.0410.0910.1010.1210.2210.26
19930.39.879.929.9910.0210.0210.0310.0410.18
19951.09.9710.0310.0310.0710.1010.1210.2010.20
1996五輪0.79.849.899.909.9910.0010.1410.16DQ
19970.29.869.919.949.9510.0210.1010.1210.29
19990.29.809.849.9710.0010.0210.0410.0710.24
2000五輪-0.39.879.9910.0410.0810.0910.1310.17DNF
2001-0.29.829.949.989.9910.0710.1110.24( 9.85=2)
2003±0.010.0710.0810.0810.1310.2110.22(10.08=4)(10.11=5)
2004五輪0.69.859.869.879.899.9410.0010.10DNF
20050.49.8810.0510.0510.0710.0910.1310.1410.20
2007-0.59.859.919.9610.0710.0810.1410.2310.29
2008五輪±0.09.699.899.919.939.959.9710.0110.03
20090.99.589.719.849.939.9310.0010.0010.34
2011-1.49.9210.0810.0910.1910.2610.2610.2710.95
2012五輪1.59.639.759.799.889.949.9811.99( 9.80=4)
2013-0.39.779.859.959.989.9810.0410.0610.21
2015-0.59.799.809.929.929.9410.0010.0010.00
2016五輪0.29.819.899.919.939.949.9610.0410.06
2017-0.89.929.949.959.9910.0110.0810.1710.27
20190.69.769.899.909.939.9710.0310.0710.08
2021五輪0.19.809.849.899.939.959.98DNFDQ
          
最高記録 9.589.719.799.889.939.9610.0010.00
世界選手権最高 9.589.719.849.929.939.9610.0010.00
五輪最高 9.639.759.799.889.949.9610.0010.03

これからすると、その時の風速にもよるが、9秒9台ならば6位以内濃厚。9秒8台ならば表彰台も……といったところである。


◆五輪&世界選手権の決勝での着順別最高記録

「表2」と似たようなものだが、決勝で「史上最高のハイレベルなレース」が展開された場合にどれくらいの順位が見込まれるのかというデータが「表3」だ。


【表3/五輪&世界選手権の決勝での着順別最高記録】
・「◎」は、他のすべてのレースを含めての着順別最高記録を示す。
着順オリンピック  世界選手権  五輪&
世界選手権
以外での最高
   
1着9.631.52012年9.58◎0.92009年    
2着9.751.52012年9.71◎0.92009年    
3着9.79◎1.52012年9.840.92009年    
4着9.88◎1.52012年9.921.21991年    
5着9.940.62004年9.930.92009年9.90◎1.82021年全米選手権
9.941.52012年       
6着9.96◎0.22016年9.96◎1.21991年9.96◎1.82022年全米選手権
7着100.02008年10.000.92009年9.98◎1.82022年全米選手権
10.00◎-0.52015年       
8着10.030.02008年10.00◎-0.52015年    

以上の通りで、これまでの「史上最高レベル」は、トータルでは五輪が2012年ロンドン大会、世界選手権は2009年ベルリン大会と言えそうだ。

世界大会以外では、今年の全米選手権が超ハイレベルで7着までが9秒台(1人が途中棄権)で9秒台の史上最多人数となった。

近年の世界大会では準決勝をくぐり抜けるには9秒台が当たり前になってきている。よって、今回のユージーンではファイナリスト8人全員が9秒台となるかもしれない。

なお、31年前の1991年東京世界選手権も当時としては史上最高レベルで、優勝したカール・ルイス(アメリカ)が9秒86の世界新、以下2~6着と8着が着順別の世界最高で、6人が9秒台で走った史上初のレースだった。


◆サニブラウン・坂井のピッチとストライド

「表4」は、サニブラウン、坂井と9秒台のベストを持つ山縣亮太、桐生祥秀、小池祐貴に東京五輪代表だった多田修平が自己ベストをマークした時の平均ピッチ・平均ストライドを比較したデータだ。

計測は、インターネットの動画サイトにアップされているものをスロー再生して100mに要した歩数をカウントし、「平均ピッチ」「平均ストライド」「ストライドの身長比」を算出した。なお、最後の一歩はスロー動画をコマ送りや静止画面にして定規を当てて計測したが、0.1~0.2歩程度の誤差があるかもしれないことをお断りしておく。

なお、日本陸連科学委員会・バイオメカニクス測定チームが公表しているデータの歩数と異なっている場合がある。科学委員会の歩数の勘定の仕方は、フィニッシュライン手前に最後の一歩が接地した瞬間のタイムとラインを超えて次の一歩が接地した瞬間のタイムを求め、それらと正式タイムとの比率を求めて算出している。

例えばフィニッシュライン手前の最後の一歩が47歩目でそれが接地した瞬間が9秒94で、ラインを越えた次の48歩目が接地した瞬間のタイムが10秒15で、正式記録が10秒00であった場合、「0秒06:0秒15」でその比率は「28.6%:71.4%」となり、「47.3歩」とカウントするというものだ。このため、「見た目の歩数」とは異なる場合がある。しかし、動画が残っているたくさんのレースの歩数を科学委員会と同じ方法で算出することはできないため、ここでは上述の「見た目の歩数」を採用した。


【表4/サニブラウン・坂田・山縣・桐生・小池・多田の平均ピッチと平均ストライド、ストライドの身長比】
サニブラウンAハキーム(188cm・83kg)9.97(+0.8)43.7歩4.383歩/秒228.8cm121.70%
坂井隆一郎(171cm・64kg)10.02(+1.1)52.1歩5.200歩/秒191.9cm112.20%
      
山縣亮太(177cm・70kg)9.95(+2.0)47.8歩4.804歩/秒209.2cm118.20%
桐生祥秀(176cm・70kg)9.98(+1.8)47.1歩4.719歩/秒212.3cm120.60%
小池祐貴(173cm・75kg)9.98(+0.5)51.0歩5.110歩/秒196.1cm113.30%
多田修平(176cm・66kg)10.01(+2.0)47.9歩4.785歩/秒208.8cm118.60%

以上の通り、ここに示した6人の中では、サニブラウンと坂井が対照的だ。

6人の中で最も平均ピッチの遅いサニブラウンと最も早い坂井、平均ストライドが最も大きいサニブラウンと最も小さい坂井、平均ストライドの身長比も同じ関係だ。

とりわけ、「毎秒5.200歩」を刻む坂井の高速ピッチは筆者が把握している限り日本歴代最速で、小池(5.110歩/秒)が歴代2位。世界的にみても、これだけの回転数で走る選手は非常に珍しい。

ちなみに、ウサイン・ボルト(ジャマイカ/196cm・86kg)が9秒58の世界記録(2009年/ベルリン世界選手権)で走った時、100mに要した歩数は、「40.92歩」で、平均ストライドが「244.4cm」、平均ピッチが「4.271歩」、ストライドの身長比が「124.7%」。最高速度が出た時の平均ストライドは「275cm」。またラスト20mの平均ストライドは「285cm」で、最後の1歩は「302cm」だった。

実際のレースにおいてリアルタイムで総歩数を数えるのは困難であろうが、TV中継でスロー再生されるであろう画面から、注目する選手の歩数をカウントして上記のデータと比較してみるのも「楽しみ方」のひとつであろう。


◆サニブラウン・坂井・山縣・桐生・小池・多田の最高速度とその出現区間

「表5」は「表4」と似たようなデータになるが、22年日本選手権の決勝でのサニブラウンと坂井のものと、上述の山縣・桐生・小池・多田が自己ベストをマークした時の最高速度とその出現区間、そしてその時のピッチとストライドを比較してみたものだ。なお、サニブラウンのベスト9秒97はアメリカでのレースのため分析がなされておらず、坂井のベスト10秒02も6月26日にマークされたばかりで分析結果を見つけられなかった。よってサニブラウンと坂井については、22年日本選手権のものを掲載した。


【表5/山縣・小池・多田の最高速度と出現区間、最高速度時のピッチ・ストライド、身長比、総歩数】
・日本陸連科学委員会の測定データ(身長比は筆者が追加)
氏名記録最高速度出現区間ピッチストライド身長比総歩数
サニブラウン10.08(+1.1)11.55m/秒55m4.55歩/秒248cm131.90%44.3歩
坂井隆一郎10.10(+1.1)11.34m/秒55m5.42歩/秒209cm122.20%52.2歩
山縣亮太9.95(+2.0)11.62m/秒55m5.00歩/秒232cm131.10%47.9歩
桐生祥秀9.98(+1.8)11.67m/秒65m4.97歩/秒234cm133.00%47.3歩
小池祐貴9.98(+1.8)11.58m/秒55m5.43歩/秒213cm123.10%51.3歩
多田修平10.01(+2.0)11.52m/秒55m5.04歩/秒228cm129.50%48.1歩

最高速度の出現区間はいずれも55m(50~60mの区間)。10秒0前後の日本人選手のほとんどがこの区間で最高速度をマークしている。ただし、桐生が9秒98で走った時は65m(60~70mの区間)で、日本人選手としては、極めて珍しい。なお、ボルトをはじめとする9秒台の外国人選手のほとんどは65m地点(60~70m地点)が多い。

「表4」に6選手の「平均ピッチ」「平均ストライド」のデータを示したが、最高速度が出た時点でのそれ(表5)は、6選手ともピッチが1秒間に0.2~0.3歩早く、ストライドが20cmくらい大きい。

ちなみに、ボルトが9秒58の世界記録で走った時(2009年ベルリン世界選手権)のトップスピードは、世界陸連の資料によると70~80mを0秒80で走っていて秒速は「12.50m」、時速「45.0㎞」である(他の資料には、「秒速12.35m」「時速44.5㎞」というものもある)。

以下は、2021年日本選手権前に「記録と数字で楽しむ第105回日本選手権」の拙稿(男子100m・番外編/ https://www.jaaf.or.jp/news/article/15003/)で紹介したものに少々加筆したものだ。
日本陸連科学委員会が1991年から2016年までに蓄積してきた国内外の200人を超える選手(延べ919回。9秒58~11秒58で追風参考記録も含み、その平均と標準偏差は10秒44±0秒22)の最高速度(X。m/s)と記録(Y。秒)の関係を示す一次回帰式は、

Y=-0.7270X+18.47
 r=-0.966
 P<0.001

その相関係数(r)は、「-0.966」で統計学的にみて非常に高い負の相関が認められる(0.1%水準で有意)。
この「X」に「表5」の6人の最高速度を代入してその推定記録を求めると、サニブラウン「10秒08(10秒074)」、坂井「10秒23(10秒226)」、山縣「10秒03(10秒023)」、桐生「9秒99(9秒986)」、小池「10秒06(10秒052)」、多田「10秒10(10秒095)」となる。

また、上記の延べ919回のデータのうち、公認条件下での自己ベストに限るとその対象は207人で、回帰方程式は、

Y=-0.7378X+18.60
 r=-0.974
 P<0.001

この式に6人の最高速度を当てはめると、サニブラウン「10秒08(10秒079)」、坂井「10秒24(10秒234)」、山縣「10秒03(10秒027)」、桐生「9秒99(9秒990)」、小池「10秒06(10秒057)」、多田「10秒11(10秒101)」という数字になる。

つまり、これからすると、サニブラウンと桐生はほぼ推定タイム通り。山縣・小池・多田は推定よりも0秒08から0秒09速いタイム。そして坂井の推定タイムは「10秒23~24」だったが、実際には0秒13~14も速い10秒10で走ったのだった。

これは、坂井の大きな特徴といえそうだ。最高速度からすると「10秒2ちょっとのレベル」だが、それでいて10秒10をマークしたのは、何といっても抜群のスタートダッシュが大きい。最初の10~20mで飛び出しリードを奪い、後半も何とかしのいで逃げ切るというパターンである。多田も坂井と似た展開を得意としている。

ちなみに、ボルトの最高速度「12.50m」あるいは「12.35m」を上述の日本陸連科学委員会の回帰式に当てはめると、「9秒39」と「9秒50」というとてつもないタイムになる。

「表6」は、上述6人の10m毎の通過タイムだ。


【表6/山縣・桐生・小池・多田の10m毎の比較】
・山縣・多田は、陸連科学委員会が公表した走速度曲線から筆者が推定したため±0秒01程度の誤差があるかもしれない。
・「RT」は、リアクションタイム。
 サニブラウン 坂井隆一郎 山縣亮太 桐生祥秀 小池祐貴 多田修平 
RT0.157 0.131 0.127 0.139 ?.??? 0.125 
風速1.1 1.1 2.0 1.8 0.5 2.0 
距離通過10m毎通過10m毎通過10m毎通過10m毎通過10m毎通過10m毎
10m1.901.901.801.801.841.841.851.851.881.881.841.84
20m2.941.042.861.062.881.042.921.072.911.032.871.03
30m3.880.943.810.953.810.933.870.953.850.943.800.93
40m4.780.904.720.914.700.894.770.904.740.894.690.89
50m5.660.885.610.895.570.875.640.875.610.875.560.87
60m6.510.856.490.886.430.866.500.866.470.866.430.87
70m7.380.877.380.897.290.867.360.867.340.877.300.87
80m8.260.888.270.898.160.878.220.868.210.878.180.88
90m9.160.909.170.909.050.899.090.879.090.889.080.90
100m10.080.9210.100.939.950.909.980.899.980.8910.010.93

上記のデータからも坂井の最初の10mの飛び出しが素晴らしいことがわかるだろう。
20mまでは、9秒台の誰よりも速く走っている。

ボルトが9秒58の世界新で世界選手権史上最もハイレベルなレースとなった2009年ベルリン大会(+0.9)では入賞者の20m毎の通過タイムが公表されているが、これと坂井の10秒10の時の前半を比較する以下のようになる。

リアクションタイム(0秒131)は、8人中の4位。
20m通過タイム(2秒86)はトップで2位ボルトに0秒03差。
40m(4秒72)で5位。
以後、60m6位、80m8位、100m8位相当となるが、オレゴンの地では、90年前のロス五輪での吉岡隆徳さんのようなシーンが見られるかもしれない。

2015年の宮代賢治さん(筑波大大学院。現在は、日本文化大)らの研究(「男子100m走における記録・身長・風速別の標準通過時間および標準区間時間」)から逆算すると坂井の30m通過3秒81は「9秒80前後」のペースになる。

もうひとりのサニブラウンにとっては、「ロンドンとドーハの借りはオレゴンで」という世界選手権になる。
ドーハの現地時間の19年7月28日18時45分、前日の予選「6組3着+6」を着順(3着/10秒09/+0.1)で通過したサニブラウンは「3組2着+2」の準決勝第1組の一番外側9レーンのスタートラインについた。

そして号砲が轟く。

が、(ピストルの)音が聞こえなかったため大きく出遅れてしまった。さらに3歩目あたりでもつまずいた。
終盤に激しく追い込んだが着取りの2着の選手(10秒12)には0秒03及ばす10秒15(-0.3)で5着。2組と3組の結果を待つまでもなく「+2」で拾われる道も途絶えた。17年のロンドン大会では予選を当時の自己タイの10秒05(-0.6)で1着通過。が、準決勝では3~4歩目あたりで大きくバラスを崩して7着(10秒28/-0.2)に終わった。

ドーハの準決勝のリアクションタイムは、「0秒206」で8人中の最下位。他の7人は、0秒156~0秒189の範囲。2着で決勝進出を決めた選手のそれが「0秒161」でその差は「0秒045」。

100分の1秒単位の正式記録では10秒12と10秒15で0秒03差だったが、1000分の1秒単位のタイムを判定写真から読むと2着が10秒119、サニブラウンが10秒143。その差は「0秒024」だった。

「たら、れば」の話になってしまうが、もしもサニブラウンのリアクションタイムがあと0秒024早くて「0秒182」だったならば、1000分の1秒でも「着差なしで2人が2着」で決勝に進めていたことになる。

あるいは、「+2」の2番目でファイナリストとなった選手の1000分の1秒の記録は「10秒101(正式記録10秒11)」でサニブラウンとの差は「0秒042」。1000分の1秒まで同じ場合、9レーンある競技場では2人とも決勝に進める。ということは、サニブラウンのリアクションタイムが「0秒164以内」だったならば、これまた決勝に進めていた訳だ。

なお、サニブラウンと準決勝の同じ組で7着(10秒20)だったのは、21年東京五輪で優勝したイタリアのラモント・マルチェ・ジェイコブス。リアクションタイム0秒180だったので、サニブラウンが終盤で逆転したことになる。その選手がドーハの2年後に五輪の金メダリストになったのだった。

ロンドン、ドーハと準決勝で口惜しい経験をしてきたサニブラウンにとって「三度目の正直」の舞台がオレゴンの地となる。


野口純正(国際陸上競技統計者協会[ATFS]会員)
写真提供:フォート・キシモト

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