2019.12.09(月)その他

【Challenge to TOKYO 2020 日本陸連強化委員会~東京五輪ゴールド・プラン~】第12回 「ドーハ世界選手権」総括と東京五輪への取り組み(1)

2019年の最大のターゲット大会だったドーハ世界選手権は9月27日から10月6日までの日程で行われ、日本は金メダル2、銅メダル1、入賞5の結果を残した。金2つは男子競歩種目で、50kmでは鈴木雄介(富士通)、20kmでは山西利和(愛知製鋼)が優勝。17回を数える世界選手権で同一大会に複数金メダルを手にしたのは、日本初の快挙だった。2大会連続銅メダルの男子4×100mリレーは、37秒43のアジア新記録も樹立した。4~8位の入賞5のうち、4つはマラソン・競歩のロード種目で、トラック&フィールド種目の個人でただ1人入賞を果たしたのが、男子走幅跳の橋岡優輝(日大/8位)。勝負強さが光った。

ただ、メダルを有望視されながらその力を発揮できずに敗退したり、あと一歩のところで入賞を逃したりした惜しい種目もいくつか。それらを踏まえて日本選手のパフォーマンスを検証し、東京五輪への取り組み方を強化委員会幹部の3人に話し合ってもらう。

〔10月28日に収録〕

●構成/月刊陸上競技編集部

●撮影/船越陽一郎

 

※「月刊陸上競技」にて毎月掲載されています。

 

 



 

出席者(左から)
山崎一彦:トラック&フィールドディレクター
麻場一徳:強化委員長
河野匡:長距離・マラソンディレクター

 

ドーハで日本選手はどう戦ったか


1)全体評価 麻場

まず、全体的な話を私からさせていただきます。今年のドーハ世界選手権は東京五輪の前年度ということで、「オリンピックに向けた最後のリハーサル」という位置づけで臨みました。暑熱負荷が非常に高い都市で行われることがわかっていましたので、そちらの観点からも重要なリハーサルになる大会だと踏んでいたのです。数字的な成果としてはメダル3、入賞5。メダル3つのうち2つは金ですから、大いに評価していいと思います。 

入賞が5つありますけど、そのうち4つがロード種目で、先ほど触れた金2つも競歩だったということを考えると、やはり日本の暑熱対策は一定の成果を出せたと捉えています。あとは日本の環境にどうマッチングさせるのかが最後の課題になってきています。そういう意味では「仕上げの時期」に入ってくるということですね。

入賞5はそれほど悪い数字とは思わないのですが、一方で「あと一歩」のところで入賞を逃した選手も多く見られました。「ダイヤモンドアスリート修了生」を中心に、若手の伸び盛りの選手が来年に向けてパフォーマンスをどう上げていけるか。そのへんのところがうまくいけば、来年はみなさんにもっと陸上競技を楽しんでいただけるのではないでしょうか。

 
2)長距離・マラソン 河野

強化委員長が話したように、ロード種目は完全に暑熱対策のリハーサルと捉えていたので、対策してきたことの効果のほど、また今後どう改善すべきかの両面で、いろいろなデータ収集ができました。本当に暑かったですからね。

マラソンについては、時期的にMGC(マラソングランドチャンピオンシップ/9月15日)と重なってしまいましたので、当初から「結果より経験」重視で考えていました。その中で、女子の谷本さん(観月、天満屋)が7位と、2大会ぶりに入賞したのは大きかったです。MGCで優勝し、東京五輪の代表切符を手にした天満屋(前田穂南)の勢いが継続された感じです。

女子全員が初出場で、気象条件も悪かったので、百戦錬磨の武冨さん(豊/天満屋監督)の経験がすごく生きて、武冨さんの戦略にみんなで乗っかりました。先頭集団につかず、「余力を持って行って、35kmから勝負」ということですね。中野さん(円花/ノーリツ)も11位ですから、国際舞台での順位としては評価できると思います。

そういった意味で女子は天候が幸いしたのですが、男子マラソンの日は涼しくなって、夏仕様で準備してきた川内君(優輝/あいおいニッセイ同和損害保険)は裏目に出て対応できませんでした。

男子長距離については、3000m障害の塩尻君(和也/富士通)が故障で欠場し、5000m、10000mも代表ゼロなので、前回のロンドン世界選手権以降、代表なしの状況が続いています。トラックのトップ選手がマラソンへ移行した影響が出ていることは感じているのですが、ともかく5000mで東京五輪の代表は出したい、オリンピックに間に合わせたい、という意識はあります。10000mはたぶんマラソンで代表を逃した選手が再挑戦する以外にないかなと、現状では思っています。

女子長距離は、ある一定の評価が得られたと思います。5000mの田中さん(希実/豊田自動織機TC)、10000mの新谷さん(仁美/NIKETOKYOTC)は、今までの大きな舞台の経験が十分生きました。田中さんは予選、決勝とも自己ベストで14位、新谷さんはシーズンベストで11位でした。経験がないと、あの大舞台で100%力を出し切るのは難しいです。ロンドン世界選手権に続いて代表入りした鍋島さん(莉奈/日本郵政グループ)にも期待していたのですが、故障で直前に辞退となってしまいました。

3000m障害の吉村さん(玲美/大東大)については、大学女子の駅伝モードに入っている時にインビテーションが来たので、かわいそうな状況でした。それでも99%近い記録達成率でしたから、来年につながったと思います。 

総じて、女子長距離に関しては、オリンピックに向かってまた一段と競争が激しくなると思いますので、さらにレベルアップが図られるはずです。

 
3)トラック&フィールド 山崎

まず触れておきたいのが、今年は「世界選手権前に多くの日本記録が出た」ということですね。日本タイ記録を入れると、9人(延べ14回/トラック&フィールド種目)ですか。これは、至近10年を見ても見当たらない活況だと思います。世界で戦うためには最低でも「日本記録を更新する」ことは非常に大事なことと考えていて、強化態勢の整備、また個々の努力、種目ごとの強化が進んでいった証だと思います。

世界選手権の結果に対して、自己評価によく用いられる基準が、自己記録にどれぐらい近かったかを示す「記録達成率」なんですけど、過去に入賞した選手を調べると99.6%という数字が出てきます。ですから、ほぼ自分の100%の力を出さないと入賞ラインに届かない。数字上は厳しいところなんです。その現実を直視して、我々も選手も考えていく必要があります。

それを踏まえて達成率を見ていくと、男子110mハードルの高山君(峻野/ゼンリン)は予選で99.4%、同400mハードルの安部君(孝駿/ヤマダ電機)も準決勝で99.4%です。高山君はほぼ実力を出して予選をクリアし、準決勝も中盤でトップに立つとか、決勝に行ける力があると見ていいでしょう。 

安部君は1人失格者が出たとはいえ、9番ということで、これも惜しかった。ただ、400mハードルは記録が低かったので、オリンピックは決勝へのボーダーラインが48秒5前後に上がると思います。そのあたりをもう少し具体的にこちらから提示しないといけないかなと思いました。 トラック&フィールドの個人種目では、男子走幅跳の橋岡君(優輝/日大)が唯一の入賞(8位)となりました。彼はU20世界選手権で優勝して、ユニバーシアードでも優勝。そして、初出場のシニアの世界選手権で決勝に進み、初入賞です。本人は全然納得していないようですが、改めて彼の勝負強さとポテンシャルの高さを見せてもらいました。今季、城山君(正太郎/ゼンリン)が8m40の日本記録を作りましたが、それ以上の記録を出せる域に行けるとメダルも可能です。 強化委員長が言った「惜しい」というところのレベルは本当に惜しかったと思っていて、こちらがきちんと目標を提示しながらコーチにも話していくのが、オリンピックへの戦い方だと思っています。

 
4)リレー 山崎

まず、銅メダルの男子4×100mですね。決勝は1走を小池君(祐貴/住友電工)から多田君(修平/同)に代え、白石君(黄良々/セレスポ)、桐生君(祥秀/日本生命)、サニブラウン君(アブデル・ハキーム/フロリダ大)とつないで、37秒43のアジア新記録を出しました。目標値が37秒4でしたから、100%力を出し切りましたね。

その見積もりは甘くなかったと思うんですけど、アメリカやイギリスもリレーに力を入れてきていて、レベルが上がってました。特にアメリカはこれまで個人種目を重視していて、リレーはバトンパスで失敗したり、選手が不調だったりとミスがあったのですが、今回は主力のクリスチャン・コールマンは100mだけ、ノア・ライルズは200mだけと個人種目は1つにして、万全の態勢で臨んできました。 

日本のバトンワークはほぼ分析が終わりましたけど、完璧に近いところまで来ているので、あとは個の力をつけていくしかない。ただ、選手が入れ替わってもきちんと力を出し切っているのが日本の強みですし、選手の好不調を的確に見極めてコーチ陣に指示ができ、選手に伝わったことがメダル獲得の要因だったと思います。金メダルを目標に今やっていますので、37秒前半に持って行くことが課題ですね。 

男子4×400mは決勝に進めませんでしたけど、予選が3分02秒05ですから、ほぼ力を出し切ったのではないでしょうか。一番期待していた飯塚君(翔太/ミズノ)の脚の状態が少し悪かったのですが、何とか間に合わせてくれました。マイルリレーは一昨年あたりからやっている「前半からレースを作っていく」というプランがきちんと浸透して、春の世界リレー、今回の世界選手権とレースの内容自体は100点をつけてもいいと思います。あとは走力をつけることになります。 JSC(日本スポーツ振興センター)の「次世代ターゲットスポーツの育成支援」事業の支援を受けられることになりましたので、その走力強化のために冬季はアメリカのUSC(南カリフォルニア大)へ派遣します。400m43秒台の選手たちにもまれながら、しっかり学んで来年につなげてもらいたい。マイルは戦略上波に乗って、しっかりやれていると思います。

今のところ日本は9番手にいますので、東京五輪への出場はまず問題ないのではないでしょうか。しかし「出場」ではなく「入賞」に重点を置いている種目ですから、今後の活動がうまくいってほしいと願っています。





 
5)競歩 麻場

競歩は2012年のロンドン五輪以降、現在競歩担当のオリンピック強化コーチを務める今村(文男)体制になって、今村コーチを中心とした「競歩チーム」としての取り組みが確実に集大成を迎えようとしています。男子については20kmも50kmも、誰が代表になってもメダルが狙える。そんな層の厚さと強さを誇示しています。チームとしての戦略であったり、医科学サポートの成果であったり、暑熱対策であったりが見事なかたちを作るところに来ていますね。 

50km金メダルの鈴木君についてはまさに横綱相撲で、独歩で勝てたのは海外の選手にもしっかりと存在感を示せたのではないでしょうか。来年に向けてアドバンテージを得られていると思います。 

20km金メダルの山西君は競技観をしっかり持ち、あの若さ(23歳)でビジョンや戦略がしっかりしているので、大したものです。20kmは池田君(向希/東洋大)が6位、髙橋君(英輝/富士通)は惜しくも入賞を逃して10位でしたけど、来年は3人入賞、誰かがメダルというデザインができます。

女子20kmは岡田さん(久美子/ビックカメラ)が6位、藤井さん(菜々子/エディオン)が7位と、2人そろって入賞しました。藤井さんが伸びたことによって岡田さんに良い影響があり、切磋琢磨して、あの悪条件の中でも非常にいいレースをしてくれたと思います。50kmの渕瀬さん(真寿美/建装工業)も本当に粘り強く歩いてくれて、男子だけでなく女子も非常に楽しみな状況になってきているのが競歩ではないでしょうか。


第12回 「ドーハ世界選手権」総括と東京五輪への取り組み(2)』に続く…

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