2018.03.29(木)選手

【第6回/ダイヤモンドアスリート】井本佳伸選手インタビュー

2020年東京オリンピック、その後の国際競技会での活躍が期待できる次世代の競技者を強化育成する「ダイヤモンドアスリート」制度。単に、対象競技者の競技力向上だけを目指すのではなく、アスリートとして世界を舞台に活躍していくなかで豊かな人間性とコミュニケーション能力を身につけ、「国際人」として日本および国際社会の発展に寄与する人材に育つことを期して、2014-2015年シーズンに創設されました。すでに3期が終了し、これまでに9名が修了。昨年11月からは継続・新規含め全11名が認定され、第4期がスタートしています。

 ここでは、第4期となる「2017-2018認定アスリート」へのインタビューを掲載していきます。第6回は、200m・400mの井本佳伸選手(洛南高校→東海大学)です。


◎取材・構成/児玉育美(JAAFメディアチーム)
◎写真/フォート・キシモト



小学時代は、駅伝の学校代表
中学から短距離に


――洛南高校のチームメイトである宮本大輔選手と一緒に、ダイヤモンドアスリートに認定されました。選ばれたと聞いたときは、どんな感想を持ちましたか?
井本:びっくりしました。昨年は、U20(U20オリンピック育成競技者)のほうでも選んでもらえるかわからないくらいの成績しか残していないので、「まさか」という気持ちでしたね。

――ダイヤモンドアスリートとして受けているプログラムは面白いですか?
井本:面白いんですけど、少し大変です。

――なんかわかるような気がします。リーダーシッププログラムなどは、初めて接するようなテーマも多いですものね。
井本:はい(笑)。

――それでは、井本くんについて、いろいろ聞かせてください。まず陸上を始めたきっかけから。
井本:走るのは小学校のころから速いほうでした。それで走るのが楽しくて…。小学校のときには、学校で6人くらいしか選ばれない駅伝があって、5年生のころから選ばれて参加したりしていました。けっこうタイムもよかったんです。

――短距離じゃなくて駅伝!?
井本:はい。学校代表みたいな感じです。区間賞を取れるほどではなかったけれど、けっこう走れていました。

――距離はどのくらいだったのですか?
井本:たぶん1500mくらいの距離じゃないかと思います。そういうのもあって、中学に入ったとき、短距離と長距離のどっちをやるか悩んでいたんです。

――中学は、亀岡市(京都府)にある東輝中ですね。陸上部の短距離と長距離とでは、指導される先生が違っていたのですか?
井本:はい。ちょうどブロックが違う感じです。

――長距離を選んでいたら、全く違う競技生活になっていたかもしれないですね。中学時代の成績は? 3年生以降の結果は把握しているのですが、1~2年生のころはどうだったのでしょう?
井本:1年生のころは亀岡市の大会までで、京都府大会には行っていません。市の大会レベルで、そのなかでも6番とかだったので。

――種目は?
井本:100mです。

――2年生になってからは?
井本:200mで、京都府中学通信の決勝(7位)に行きました。

――2年生になって伸びてきたのですか?
井本:そうですね。秋にはジュニアオリンピックに出場しました。

――Bクラスですね。こちらは100m? 
井本:はい。準決勝落ちだったのですが。

――それが初めての全国大会? どんな感じでしたか?
井本:大会自体は、動画とかでよく見ていたので知っていたのですが、実際に行ってみると、競技場(日産スタジアム)がすごく大きいなと…。もう、緊張しかなかったような感じでした。

「桐生さん」に憧れ、洛南高校へ


――3年時には、全日本中学校選手権で100m5位、200m4位と2種目で入賞し、国体(少年B100m8位)やジュニアオリンピック(A200m7位)とファイナルの常連に。高校でも競技を続けることになりました。洛南高校に決めた理由は?
井本:陸上競技が強い学校だったからです。それに、僕が中3のときには、すでに桐生祥秀さん(洛南高→東洋大→日本生命)がすごい記録(10秒01、2013年)を出していたので…。まあ、僕が入ったときには、すでに卒業していたのですが(笑)。

――桐生選手が10秒01をマークしたのは、井本くんが中学2年生のときですね。そのくらいインパクトがあったわけですね?
井本:はい、それはもう。

――10秒01のレースは、どう感じました?
井本:同じ京都でこんな速い人がいるんだなと。そして、自分も洛南高校に行ってみたいなという気持ちになりました。

――そうだったのですね。また、そうした先輩方はもちろんのこと、井本くんの代も、錚々たる顔触れがたくさん入学して話題になりました。山口から来た宮本選手もそうでしたね。当時はどう思っていましたか? 宮本選手は100mの中学記録保持者で、200mでも速かったですし。
井本:中学校のときは、追いつけない存在だと思っていましたね。でも、みんな強い選手ばかりなので、一緒に練習できることが楽しみでした。桐生さんは卒業していましたが、先輩方も強い方々ばかりでしたから。

――入学後は、井本くんご自身も、どんどん伸びていったわけですが、記録の伸び方は、自分のなかで満足できる状況だったのですか?
井本:タイムが伸びてきたのは、高1の秋くらいからです。日本ユース(現U18日本選手権)の200mで2番になったことで、自分も全国で通用するようになってきたかなと思い、冬期練習をやっていくうちに、勝負できるかもしれないと感じていました。

――2年時には、近畿大会で高2歴代5位となる20秒94をマーク。インターハイでは20秒84(高2歴代4位)まで記録を更新して3位に。日本ユース選手権では200mで初の全国優勝を果たすとともに、100mでも4位に食い込みました。大躍進といえるのでは?
井本:200mを20秒台で走りたいという目標は達成できたのですが、本当は優勝したかったインターハイが3位だったので…。日本ユースは、200mでは「負けてはならない種目。勝つのは当然」というつもりで、タイム狙いで走りました。


高3シーズンはケガに苦しむ一方で
400mで新境地開く



――2年時には、全国高校選抜で300mも走っています(8位)。勝手ながら、よく関係者の方々と「井本くんは400mを走ったら強いのではないか」と噂していたものです。ご自身は、400mをやることは考えていたのですか?
井本:いいえ、2年生のときは全く考えていませんでしたね。マイル(4×400mR)で走ることくらいしか。

――それでは、3年生のときに400mに取り組むことになったのは、どういう経緯で?
井本:本当は、高3シーズンは、織田記念・静岡国際の100m・200mから入るつもりだったのですが、3月中旬に練習で左ハムストリングスのつけ根を痛めてしまって出られなかったんです。それで5月中旬に行われた国体予選の400mからスタートさせることになりました。

――この大会を400mでエントリーしていたのはなぜ?
井本:国体は、100mでは出られないことがわかっていたので、400mを狙うしかないと思って。

――なるほど100mには宮本選手がいましたね。だから400mでの挑戦を選んだわけですね。それでいきなり走って47秒04というのはすごいと思うのですが、実際に走ってみての感想は?
井本:僕は、前半をけっこう飛ばすタイプなので、初めて走ったそのときは後半がきつかったですね。でも、思っていた以上にタイムが出たので、きついとか疲れたとかよりは喜びのほうが大きくて、「自分は400mでも行けるかも」という気持ちになりました。

――選択の幅が広がったという感じだったのでしょうか?
井本:そうですね。

――その後、インターハイ路線の個人種目は、100m・200mともに全国まで駒を進めたわけですが、インターハイ本番では、とても悔しい結果となってしまいました。
井本:はい。大会2日目の100mの準決勝の前に左ハムストリングを肉離れして、100mと200mは棄権することになりました。

――どんな状況だったのですか?
井本:初日に4×100mRの予選を走り、2日目から始まった100mは予選を走ったときも、けっこういい感じだったのですが、準決勝のアップ中に流しとかをしているときに「少しおかしいな」と感じて…。スタート練習の2本目で痛めてしまいました。

――まずいと感じる痛みだったのですか?
井本:「あ、やった」という感じでしたね。(走るのは)無理かもと。それで急いで、柴田(博之)先生に伝えました。

――どんな気持ちでしたか? 悔しいでしょうし、走りたかったでしょうし…。
井本:はい。でも、個人のこと以上に、総合3連覇がかかっていたので、そっちのほうが気になっていましたね。チームに迷惑をかけているなという気持ちのほうが大きかったです。

――優勝候補に挙がっていた200mには出たかったのでは?
井本:テーピングして出ることも考えていたのですが結局やめました。ただ、少しは走れるようにはなっていたので、「マイルに懸けよう」ということで、最終日のマイルを走ったんです。

――準決勝と決勝の2本に懸けたわけですね。どんな思いだったのですか?
井本:痛かったです。でも、ほかの種目でみんなが頑張っていましたし、チームメイトが足のお守りとかくれたりした。最後のインターハイなので、いくら痛くても我慢するという気持ちで走りました。

――見事な走りで優勝を果たし、総合3連覇も達成したわけですが、脚の回復はその後どうだったのですか?
井本:インターハイ後の最初のレースは9月末。そこまでにけっこう練習を積むことができていました。(ケガの影響は)そんなに大きく引きずる感じではなかったです。

――そうして迎えた秋シーズンは、国体で400mでの記録を狙っていたと聞きました。レース経験も少ないなか、高校歴代7位の46秒38で快勝しましたが、悔しそうだったことが印象に残っています。ご自身では、どのあたりを目指していたのですか?
井本:予選を走ってみて、流していたわりにはタイムが出ていたので、45秒台を目標にしていました。でも、準決勝になるとレベルも、スピードも上がってきて、脚に疲労も感じるようになっていて…。さっきも言ったけれど自分は前半から飛ばすほうで予選・準決勝は突っ込めたのですが、決勝では、なぜかいろいろと考えてしまったんです。「これは飛ばしすぎじゃないか」とか。そのせいで、あのタイムになってしまいました。

――「自分らしくないレース」になってしまったから、悔しさも大きかったのですね。その後、200mに出場したU20日本選手権も、国体に続いて優勝しました。台風直撃の影響で、予選をタイムレース決勝に変更するというなかでの結果でしたから、通常通り予選・決勝のレースであれば…。
井本:もう少しいいタイムで走れたかもしれません。走りたかったです。

――そのあと日本選手権リレー4×100mR予選で3走を務め、39秒57の高校新記録を樹立して、シーズン終了となりました。振り返ってみて、高校で一番印象に残っているのは?
井本:そうですね…。3年のインターハイのマイルは勝って嬉しかったけれど、あそこで高校記録が出ていたら一番最高だったのですが…。

――万全なら出したかった?
井本:はい、狙っていたので…。(しばらく考えて)納得がいくような結果はなかったかな…。

――そういう意味では、ケガで悔しい思いをしたほうが…。
井本:はい、そちらのほうが大きかったですね。

――ケガを防ぐために、自分で注意しなければと思っていることはありますか?
井本:フォームで、足が流れることです。それがケガにつながっているのではないかと思うので。

――スピードや筋力が高くなれば、より負荷も大きくかかってしまいますからね。
井本:これから改善してきたいです。

ロングスプリントの名門、東海大へ
まずはU20世界選手権での活躍を


――春からは東海大に進みます。なぜ、東海大に?
井本:柴田先生から「井本には東海大学が合っているんじゃないかな」と言われていました。また、僕がタイプ的に200m・400m系ですし、髙野進先生が400mの日本記録保持者(44秒78、1991年)ということもあり、一番僕に合っている大学じゃないのかなと思って選びました。

――大学では、200mをやりながら、400mにシフトしていく?
井本:髙野先生からは、「100m・200m系のメニューをやっていって、ときどき400mも走っていこう」と言われています。

――楽しみですか? 質も高いし、練習量も豊富なチームですよ。
井本:12月末に大学の合宿に行って、300m30本というメニューをやったときは、「やっていけるのかな」という気持ちになりましたが…(笑)、はい、楽しみです。

――最終的に世界で戦っていく種目は、400mがメインになるのかなと推測しています。先ほど「400mは前半から突っ込むタイプ」と仰っていましたが、今後、どんな点を強化していきたいですか?
井本:トップスピードを上げていくことです。そうすれば400mの前半を、もっとリラックスした状態で高いスピードで走れるようになりますから。後半は、ほかの人よりもそのスピードを維持できると思っているので、もっとスピードを磨きたいなと。

――先ほど髙野先生から言われた「100m・200m系のメニューをやっていって…」という方針の目的はそこなのかもしれませんね。100m・200mは、目標はどのあたりに置いているのですか?
井本:自分としては、100mを走るとけっこうケガが多いので、レースは200mを中心にしたいなと考えていますが、まだ日本選手権の標準記録を切っていないので、まずはそこをクリアしなければなりません。

――2020年東京オリンピックを考えていくと、400m、そしてマイルということも視野に入ってくるのでは?
井本:その前に、まずはU20世界選手権に選んでいただけることを目標にして、頑張っていこうと思います。

――そのためには、どのくらいの記録が必要になると?
井本:出られるとしたら200mか400mなので…。そうですね、まず200mでは20秒6台とか5台を目標にしたら本番で戦っていけるんじゃないかなと思います。400mも自己記録を更新すれば、決勝には残れるんじゃないかと…。そういう意味では、まずは自己ベストを出すこと、ですね。

――国際大会の出場経験は…。
井本:まだないんです。なので、オリンピックとかを目指す以前に、日本代表として、そういう大会をたくさん経験しておきたいですね。どんな雰囲気なのかとか、実際に感じてみたいです。

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