2016.04.21(木)イベント

日本陸連栄養セミナー2016 「陸上選手の貧血について考える」を開催しました。

4月10日、味の素ナショナルトレーニングセンターにおいて、「日本陸連栄養セミナー2016」を開催しました。これは本連盟が2008年に立ち上げて推進している「食育プロジェクト」の一環として実現したもので、第1回となった今回は、「陸上選手の貧血について考える」をテーマに、講演、トークショー、パネルディスカッションを行いました。
貧血に関する基礎的な知識や対処の方法、栄養サポートによる予防や改善などと並行して、特に注意したい点として挙がったのが「鉄の過剰摂取」という問題。安易に薬剤に頼ることによって競技者が陥る身体面の危険性や、それを避けるための方法や考え方も紹介されました。

尾縣専務理事挨拶

冒頭の挨拶で尾縣貢専務理事は、特に女子長距離やマラソンで“痩せれば走れる”という間違った考え方から、食べることを拒んでローエナジーアヴェイラビリティ(利用可能なエネルギー不足)に陥り、骨粗鬆症や疲労骨折、スポーツ障害、貧血などが生じているケースが多いこと、そのなかで貧血の対処法として、過剰摂取すると内臓に大きなダメージを与える危険のある鉄分の服用や注射が、中・高校生年代にも波及していることを挙げ、「現在、中・高校生の長距離レベルは極めて高いが、(シニアレベルで)活躍できているかというとそうではない。そこには強化の問題だけでなく、こうした鉄(の摂取)にも問題があるのではないかと危機感を持っている」と示唆。そして、「“やった者勝ち”という考え方があるとしたら、それは若いアスリートの芽や希望を摘み取っていることになる。この問題に正面から取り組んでいかないと、日本の陸上界、長距離界の立て直しはできない。今日、この場を、この取り組みのスタートの号砲としたい。これを機会に、皆様の認識を高めていただきたい」と訴えました。

1)「貧血の種類と成因、血液データの読み方」真鍋知宏(医事委員)

セミナーは、貧血について基礎的な知識や問題点を学ぶことからスタート。医事委員の真鍋知宏氏が、「貧血の種類と成因、血液データの読み方」について、医事委員長の山澤文裕氏が「貧血対処方法に関する諸問題(サプリメント、鉄剤、鉄注射問題等)」について、それぞれ講演を行いました。

まず、真鍋氏が登壇し、貧血とはどんな状態を指すのか、その種類や症状、診断方法、治療や予防の方法を解説しました。

  • アスリートに多い鉄欠乏性貧血は、血清鉄(Fe、一般に「鉄」と呼ばれている)が低い、総鉄結合能(TIBC)が上昇する、フェリチンが下がることが特徴である。
  • 貧血の症状としては、微熱やすぐに疲れる、倦怠感がある、皮膚や粘膜が蒼白になる、動悸や息切れ、頭痛、めまい、耳鳴り、食欲不振や無月経など。「なんとなく調子が悪い」「記録が伸びない」「練習ができない」などの症状も、貧血を疑うきっかけとなる。
  • 診断は、ヘモグロビン(赤血球に含まれる鉄を含んだタンパク質。酸素の運搬に重要な役割を果たす)値のほかに、フェリチン値(身体の中に貯蔵されている鉄を反映する数値)、血清鉄の数値を組み合わせて行う。女性アスリートの貧血では圧倒的に鉄欠乏性貧血が多いが、女性の場合は婦人科疾患が原因になっているケースもある。
  • 貧血の状態になっていく過程では、貯蔵鉄が減っていくため、まずフェリチンの値が減少する。その次に血清鉄が下がり、その次の段階でヘモグロビンの順番で数値が低下してくる。
  • 貧血は予防することが重要。日常の食事で鉄分を摂取していくが、アスリートでは一般人の1日推奨摂取量の1.5〜2倍が目標量となる。また、鉄には耐容上限量もあり、1日あたり体重1kgあたり0.8mgとされている。
  • 採血してその数値改善だけに終始する医師ではなく、貧血に対して目を向けることが重要だということを選手に教育できるような医師のもとで治療を受けることが重要だと考えている。
2)「貧血対処方法に関する諸問題(サプリメント、鉄剤、鉄注射問題等)」山澤文裕(医事委員長)

山澤氏は、真鍋氏が講演したスポーツ選手には鉄欠乏貧血が最も多いという内容を前提に、貧血の対処方法について、さらに詳しく解説を行いました。
  • 鉄欠乏状態の貧血は、アスリートの内科的疾患として最多のものだが、鉄は身体のなかで非常に大きな役割を果たしている。貧血そのものも問題だが、鉄の不足によって、疲れやすくなったり感染症にかかりやすくなったりなど、さまざまな悪影響が生じる。
  • 鉄は、身体のなかで、吸収、利用、貯蔵、喪失の4段階を経るが、実はヒトの身体には、鉄分を体内から外へ積極的に排出するメカニズムが備わっていないため、鉄を摂りすぎないようにするためのメカニズムが、吸収の段階で働いている。
  • 長距離選手の鉄欠乏性予防は、まず食事で鉄分、ビタミンC、タンパク質を多く摂ることが基本中の基本。アスリートでは、鉄は1日15〜18mg、ビタミンCは1日200mg、タンパク質は体重あたり1.2〜1.4gが目安。日本人が摂る通常の食事では、1000kcalあたりに鉄分は6mg入っていると言われているので、1日2500〜3000kcalの食事を取っていれば、15〜18mgの鉄分を食事から十分に摂取することができる。
  • 鉄には耐容上限量がある。これは過剰摂取による健康障害が起こり得ない最大量のこと。ジュニアやシニア競技者の年代では1日あたり男性が50mg、女性は40mg。それ以上を摂取すると臓器に障害が起きる恐れがある。この数字はぜひ覚えておいてほしい。また、栄養機能食品の規格基準として、国が定めている鉄の栄養成分量の上限は10mg。このことからアスリートがサプリメント等で摂ってもよい量はせいぜい10mgであることがわかる。
  • 病的な改善として鉄剤摂取を開始する場合には、検査所見の確認(ヘモグロビン値、総鉄結合能、フェリチン)が行われ、なされている定義に当てはまる場合に、治療開始となる。鉄欠乏性貧血の場合には必ず原因がある。その検索を行わずに鉄剤を投与しても再発や過剰摂取の要因となるため、消化器系、婦人科系、腎泌尿器科系の検査は必ず行う必要がある。
  • 経口鉄剤を用いる場合にはいろいろな種類がある。投与期間は、ヘモグロビン値が正常値に回復してから、少なくとも3カ月間は内服を継続し、組織貯蔵鉄を回復させる(フェリチン濃度で状態を把握)必要がある。10〜20%の患者に副作用(悪心、嘔吐、腹痛、胃腸障害等)が生じるが、数日で症状が改善することが多いので、まずは2週間ほど継続して様子を見る必要がある。
  • 治療法として、鉄剤の静脈内注射を行うケースもあるが、実施に際しては医学的な適応を守らなければならない。静脈内注射で鉄を入れる場合、吐き気や嘔吐やアナフィラキーショックなどの副作用も起こす恐れがある。さらに、経口であれば、生体内で整っているレギュレーションにより、食べたうちの10%しか吸収されない仕組みになっているが、注射すると100%身体に入ってきてしまう。生体内における鉄の過剰は強い酸化ストレスを起こし、さまざま障害を引き起こす。
  • ヒトは過剰摂取した鉄を排泄するメカニズムを持たないため、体内の鉄過剰状態は簡単に引き起こされ、また、正常レベルには極めて戻りにくい。したがって、安易に鉄の静脈内投与は非常に危険。経口鉄剤を試さずに、ヘモグロビンが少し低いから、体調が悪いとアスリートの訴えたからという理由だけでは、絶対に鉄剤を静脈注射してはならない。もし、静脈内注射しか方法がない場合は、医師と安心・安全に、鉄の過剰状態にならないようなプログラムを組んだうえで治療にあたる必要がある。
  • 鉄過剰状態は、血清フェリチン濃度で判断する。正常値は25〜250mg/mL、増加は250〜500 mg/mL、過剰が500 mg/mL以上である。増加になった場合は鉄剤の補給を中止、過剰となった場合には除鉄する必要が出てくる。
  • ジュニアの長距離アスリートの血清フェリチン濃度を見ると、ジュニアアスリートで500mg/mLを超える選手が存在するデータが得られている。また、このデータの最大と最小の数値を抜いて平均値をとると、特に女子のジュニアにおいて鉄分を摂りすぎている傾向がみられた。今後、注視していく必要がある。
  • 選手は、1年に3〜4回の血液検査を受け、ヘモグロビン、鉄、フェリチンの値を自分自身で知っておくことが必要。この数値は、一般のデータと比較する必要はなく、個々のデータを作ることが非常に大切。自分の数値のなかで正常範囲にあるかどうかを、確認していくようにしてほしい。また、血液検査に際しては、条件によって数値が変動するので、一定にすることが大切。同じ医療機関で、似た時間帯で採血する。運動後ならば、終了2時間後に受けるようにすることを心がける。
  • 鉄分摂取には上限値がある。栄養機能食品を多く摂れば健康によいというものではない。鉄剤注射には危険が伴う。鉄剤注射は打ってはならないということを十分に認識してほしい。
【質疑応答】
Q:鉄の過剰摂取になってしまった場合、医療機関でどのような対応をするのか。予後はどうなる?

山澤:鉄の過剰摂取状態は、医療機関に行って血液検査をしない限り絶対にわからない病態なので、まず選手とともに定期的に医療機関で受診してほしい。フェリチンが一番大きなマーカーとなる。フェリチンが高い数値になっている場合は、選手に鉄分摂取をやめさせる、注射をやめることからスタートし、3カ月くらい見て、数値をチェックするという経過をたどる。

Q:一般にヘモグロビンは酸素を運搬するのでパフォーマンスに関連することは知られているが、フェリチン濃度もパフォーマンスに関連はあるのか?

真鍋:フェリチンは貯蔵鉄を反映するデータ。ある程度の平衡状態にあると右肩上がりに上がってくるデータではないので、数値を上げようとする努力はしないほうがよい。かえって鉄が増加する状態につながる恐れがある。フェリチンの値を考えるときは、「個人の値」が大事。この選手は、どのくらいの値かということを把握したうえで、その値を目安に摂取をしていくのが一つの手だと考える。
山澤:フェリチンは貯蔵鉄を反映するものなので、ヘモグロビンの数値だけを見ていても、貯蔵鉄がカラの状態になっている可能性もある。身体の中にしっかりあって、ほかの臓器や機能にきちんと鉄が回っているということを把握するうえでもフェリチンは重要。血液検査では、フェリチン、鉄、ヘモグロビンを3点セットで行い、個人のデータを把握していくことが必要である。

■トークショー:
「貧血との闘いを乗り越えて」
室伏由佳(聖マリアンナ医科大学スポーツ医学講座 非常勤講師、普及育成委員)
モデレーター:長坂聡子(普及育成委員)

続いて、女子円盤投とハンマー投の日本記録保持者で2004年アテネ五輪にはハンマー投で出場した室伏由佳氏によるトークショーが行われました。中学から陸上競技を始め、高校で円盤投に取り組むようになった室伏氏は、大学に進んでから日本の第一線で活躍するトップアスリートとして頭角を現し、2012年に第一線から退くまで22年間の競技生活を送りましたが、その活躍の影には鉄欠乏性貧血をはじめとして、婦人科疾患や腰痛など、さまざまな問題に悩まされてきました。トークショーでは、まず室伏氏が事例として、貧血に苦しんだ自身の経験を紹介したのちに、普及育成委員の長坂聡子氏がモデレーターを務め、質疑応答が行われました。

<室伏由佳の事例>

片道1時間30〜40分をかけて通学していた高校時代は、登下校時に時間を要することへのストレスも加わって偏食傾向にあった。当時の「ふらふらする感じ。やる気がないように見える。(練習を)やりたいけれどすぐに息切れ、動悸、めまいがする」という状況が、実は極度の貧血によるものであることを知ったのは大学1年で初めて採血してから。経口薬剤や静脈注射*を試みたものの身体に合わず、自己判断で鉄剤を飲まずに処分していたこともあった。その後、婦人科疾患の治療がきっかけで継続した鉄剤の服用や、食生活を見直しなどにより、貧血も多少は改善の傾向は見られたが、いろいろな努力をしたにもかかわらず、アテネ五輪に出たあたりまでは、数値は横這いの状態。振り返ってみると、婦人科疾患による出血過多の状況などが貧血に影響を及ぼしていた事が肯定された。私は長距離選手ではないので、食べないとか痩せるとかいうのは一切なかったが、なぜこういうことが起きるのか、栄養面だけでなく、もう少し多角的に見る必要もある。女性のこうした特異的な状況を、皆さんと共有できたらと思う。

*静脈注射は2009年からWADA禁止項目に。1995年当時は、劣悪な病態に応じての処置として点滴。

<Q&A>

長坂:大学1年で初めて採血をして貧血であることを知ったそうだが、検査のきっかけは?

室伏:入学後の健康診断で採血があり、そこで貧血と判明し、鉄剤を処方してもらうことになった。しかし、身体に合わず、もらっても捨てていた時期も。自分の身体が健やかである感覚を体験できていなかったから、そういう行動になっていったのだと思う。

長坂:生活をしていて、(体調が)おかしかったことは?

室伏:すべてがおかしかった。無気力に見えてしまう。グラウンドを1周走るだけで、ぜいぜいいってしまう。投てき練習は、一瞬だけ力を入れて投げるけれど、何本も投げられない。最終的には技術の練習をしなければならないのに、(量がこなせず)追いつかない状態だった。

長坂:貧血が判明したあと相談や指示は?

室伏:田口素子先生(現、早稲田大学)にお会いして栄誉指導を受けるまでは、具体的なレクチャーを受けたことはなかった。(授業で)スポーツ栄養学はあっても自分で管理して、食環境を整える行動を起こすためには、より具体的なレクチャーが必要。国立スポーツ科学センターでの健診や大会手続きのときに田口先生にお会いすることができ、そこで自分の食事内容を正直に書き出して、すべてチェックを入れていただき、大いに反省したことが食生活改善のきっかけとなった。

長坂:田口先生、何か印象に残っていることは?

田口:もともと料理をすることは好きということだったので、簡単だけど栄養バランスがとれるようなメニューを心がけて提案した。

室伏:先生からの指摘で印象に残っているのが「緑黄色野菜が多すぎる」と書かれていたこと。ブロッコリーが続いているとか。自分でつくっていると、家にあるものを食べていくので、何かに偏って食べてしまうことが多いのではないかと気づき、ひやりとした。

長坂:メディアなどで紹介される「こういう食べ物がいい」という情報に惑わされている選手を多く見聞きするが、ご自身はどう判断していたか?

室伏:私は今、アンチドーピング機構のアスリート委員をしているのだが、そうした情報を聞いて、誰でも簡単にインターネットで手に入れられる時代になっている。摂ってみて合わなかったらやめようという考え方をする人もいるのかもしれない。サプリメントを否定するわけではないが、私自身はほとんど摂らなかったアスリート。鉄剤は摂取しなければならない病態だったので服用したが、特に栄養指導を受けてからはサプリメントに頼らずに過ごした。ドーピング検査では飲んでいるサプリメントも申告するのだが、海外で検査を受けた際、アミノ酸しか飲んでいないと検査員に驚かれたことがあった。それだけ多くの人が、簡易ですぐにその場でチャージできるものを求めすぎているのだと思う。もう少し食事で摂ることや、山澤先生のレクチャーにもあったように摂取できる限度があるということを念頭に置く必要がある。採血もせずになぜ鉄剤を買って飲むのか。そういう人もいるそうだが、私には不明点が多い。

長坂:大学時代は鉄欠乏性貧血、その後は婦人科疾患による貧血であることが判明したそうだが、症状が違いなどはあったか?

室伏:食生活にも原因はあったと思うが、もしかしたら早い段階から婦人科疾患を抱えていたのかもしれない。ポリープや子宮筋腫を抱えていると、出血過多などを繰り返す可能性があるので、初潮を迎えたアスリートは、定期的に血液検査を行い、自分の状態を把握していくことを提案したい。栄養だけでは改善できないこともあることを、心に置いておいてほしい。

長坂:最初に病院に通っていたときは、医師や管理栄養士などと連携していた?

室伏:私のころは、腰痛があったら整形外科を探し、婦人科疾患は自分で婦人科へ行き、栄養は田口先生に聞いて…と、すべて自分でつなげなければならない期間が長かった。そうしたところのブリッジがうまくできれば、選手はすごく安心するのではないかと思う。

長坂:最後に、貧血の治療や予防に対してのアドバイスを

室伏:そこはお医者様の仕事だと思っている。私自身は自分の採血データを見て、食生活をノートに書き出して広げてみたことで自覚ができた。まずは自覚をすることと、そして専門家の方にかかる意識を持ってほしい。面倒臭がらずに専門機関にかかり、専門家の先生につながっていくことが、競技力向上や実力の発揮に結びつくのではないかと思う。

 

■パネルディスカッション:
「長距離選手の貧血について考える」
パネリスト:
増田明美(スポーツライター)
山下佐知子(第一生命女子陸上競技部監督)
赤羽有紀子(ホクレンスポーツアンバサダー)
浜野 純(普及育成委員)
司会:山澤文裕(医事委員長)

 パネルディスカッションは、「長距離選手の貧血について考える」をテーマとして、医事委員長の山澤氏の司会を務める形で進行しました。パネリストとして、長距離・マラソンで活躍したオリンピアンでもあり、セカンドキャリアにおいても活躍している増田明美氏、山下佐知子氏、赤羽有紀子氏を迎え、これに日本陸連食育プロジェクトのメンバーである浜田純氏(普及育成委員)が加わって4名が登壇。最初に、山下氏、赤羽氏、増田氏、浜野氏の順で、長距離選手の貧血についての考えを、それぞれの立場で述べたあと、ディスカッションが行われました。

指導者の立場から(山下佐知子)

 マラソンで自身も世界選手権銀メダル、オリンピック4位という実績をもち、指導者になってからは第一生命で尾崎好美選手(2009年ベルリン世界選手権銀メダリスト)、田中智美選手という2人のオリンピアンを育てている山下氏は、監督として、選手の貧血予防について留意している点を中心に話を進めました。「貧血は気をつける要素だとは思っているが、何かに特化した食生活はあまり考えていない。“バランスよく食べる”ということを1番目に置いている」とチームの方針を話す一方で、懸念事項として主食を抜きたがる傾向がみられることを挙げ、「いくら栄養を考えてもエネルギー不足ではどうしようもない。まずは主食をしっかり食べようと口うるさく言っている」と語り、おそらく高校生や大学生ではもっと食べていないのではないかと示唆しました。
また、血液検査や貧血への対策については、尾崎選手や田中選手を例に挙げ、鉄剤を服用する必要がある場合は、服用の量やタイミング、食事とのバランスにも注意を払い、胃腸に負担がかからないよう配慮してきたこと、また、症状から貧血を疑ったが、血液検査を行ってみると実は貧血ではなく肝機能に問題があったというケースを示し、自己判断せずにきちんと数値を調べることが大切であることを再認識したと話しました。
 さらに、鉄剤を摂取したり体重だけを制限したりして練習を積める状態ではない身体で入社してくる選手が多く、復調させるまでに年単位の時間を要していることを明かし、「これはかなりの実業団チームで感じていること」と指摘。「正しい知識に沿った指導を受けて、基礎がしっかりしたジュニア時代を過ごしてほしいなというのが心からの願いです」と訴えるとともに、「例えば、高校駅伝やインターハイなどで成績を上げた選手には、検査をしてフェリチン値をチェックしたり医科学的なデータをとって食生活指導をしたりできるようなシステムが導入できないか」といった提案がなされました。

選手の立場から(赤羽有紀子)

 長距離選手として大学時代から頭角を現し、実業団加入後、結婚・妊娠・出産を経て、トラック種目で2008年北京五輪に出場、その後、マラソンに転向し、2014年に引退するまでに世界選手権入賞や大阪国際女子マラソン優勝などの実績を残してきた赤羽氏は、現役時代に取り組んできた貧血対策について振り返りました。

 赤羽氏は、22年にわたり競技を続けてこられた要因として、まず「貧血や食生活と徹底的に向き合ってきた」ことを挙げ、その実現にコーチでもあった夫の尽力があったことを紹介しました。高校・大学時代からずっと貧血に苦しんできたものの、「もともと薬を飲むことが嫌いだったため、貧血になったら薬を飲み、よくなったら服用をやめることを繰り返していた」という赤羽氏の状態が改善されたのは、結婚して、夫が専任コーチになってから。「バランスのよい食事と、鉄分の多い食材と鉄の吸収を高めるための食材との組み合わせなどを考え、毎日毎食、手づくりで料理をつくってくれた」と赤羽氏。練習時間と休養時間の兼ね合いや消化器官を休ませることを目的として当時は1日2食だったその毎食において、夫が、丁寧に下処理を行ったうえでのレバー料理や、ビタミンCの多いフルーツを数種類用意してくれこと、合宿中も1日1回はレバー料理が食べられるよう手配するなど、徹底した鉄分補給対策をとってくれたことを明かしました。血液の状態は、食生活を変えてから約半年で改善。その後は貧血に悩まされることがなくなっただけでなく、体重の大きな増減や怪我などもなくなり、継続した練習を積めるようになったと振り返り、「食事に関しては、自発的においしく食べなければ意味がないと思う。指導者に“食べろ”と言われて食べるのではなく、自分の意志で“貧血になりやすいからレバーを食べよう”とか“鉄の吸収を高めるためにビタミンCを一緒に摂ろう”とか、そういう意識をもって食べることが大切」と締めくくりました。

大所高所の視点から(増田明美)

女子マラソンの草創期に、高校時代から引退するまでの13年間で日本最高記録を12回、世界最高記録を2回更新した名ランナーで、現在はスポーツライター、ジャーナリストとして活躍している増田氏は、大所高所の視点から自身の考えを述べました。
「最初の挨拶で尾縣専務理事が、(ジュニア世代における鉄剤の過剰な服用や注射を)“やった者勝ちで行くと若い選手たちの目を潰す。今日がこの取り組みのスタートの号砲なんだ”と言ってくださったことで私も話しやすくなった」と切り出しした増田氏は、山下氏が触れた高校生への血液チェックを行う案についても「大賛成。入賞というよりは、インターハイや高校駅伝に出るレベルの選手たち全員に血液検査をしたほうがいい。(検査という)緊張感を持たせながらも(過剰摂取は危険であることを)意識づけしてくことが大事」と述べました。
実業団チームの指導者から見せてもらった選手の血液データのなかには、女子なら30くらいが正常であるはずのフェリチンが500という数値になっている例なども実際にあったこと、しかし「現場の指導者がそのことを問題視すると、勧誘ができなくなってしまうので強く言えない」側面もあることを明かし、「山下さんは、“そういう選手は勧誘しない”と話していた。私も、(実業団の)指導者のほうにもそういった覚悟が必要ではないかと思う」と提起しました。

 また、思春期スポーツ外来の医師への取材で、無月経を問題視してやってきた選手の話を聞いていくと、貧血の治療として常に鉄剤を取っていたり、(正しい知識を持たないまま)行った病院で注射を打たれたりしているという例が多いと知ったことにも触れ、「選手と指導者の皆さんの意識が大切。ドーピングに引っかからないからいいではなく、ダメだからダメという意識づけが何よりも大事だと思う。私ももっと取材などをして、自分にできることを考えていきたい」と述べました。

管理栄養士の立場から(浜野 純)

4年前までトヨタ自動車陸上長距離部で専属管理栄養士として14年間勤めた経験を持ち、現在、日本陸連が進める食育プロジェクトのメンバーとして、U13、U16を対象とした栄養指導に取り組んでいる浜田氏は、管理栄養士の立場で貧血を予防するための食事法を、具体的な例を挙げながら紹介しました。主なポイントは以下の通り。


<貧血を予防する食事>
  • まずは食事の見直しをする。選手がどんな食事をしているのかを確認する。
  • 次の3つを習慣化する。
    1. ヘモグロビンの材料となる鉄とタンパク質をまず摂る:鉄の多い食品を、毎食2品以上摂る習慣をつける。
    2. 鉄の吸収を高めるために一緒にビタミンCを摂る:色の濃い野菜や果物を毎日摂る習慣をつける。
    3. エネルギー摂取量を確保する:『食事の基本形』(主食、主菜、副菜2品以上、乳製品、果物から構成する献立)を軸に、3食をきちんと摂る習慣をつける。
  • 鉄は1日あたり15〜20mgの摂取を継続できるよう工夫する。1品だけでなく鉄の多い具材を組み合わせて使うことで鉄の量は増やすことができる。
  • 栄養補助食品を用いる場合は、食事からの鉄補給が難しいときのみとし、できれば強化米や鉄強化牛乳や飲むヨーグルトなどの鉄強化食品(食品自体に強化しているもの)を活用し、1つの栄養素に偏らないよう心がける。
  • 1日あたりの鉄耐容上限量は男子50mg、女子40mg。これを超えないように注意する。また、自分の鉄摂取量はきちんと確認する。
  • 食のスペシャリストである公認スポーツ栄養士や管理栄養士に、食事内容を確認してもらう機会を設けてほしい。
◎パネルディスカッション:
<鉄摂取の実例>

山澤:山下さん、新規にチームに加入してきた高校生、大学生に問題があった場合、チームとしてどう改善している?
山下:具体的に言うと、高校生時代に鉄剤を飲んでいた選手が入社してきた。まず、鉄剤をやめて、練習量と食事量をコントロールしながら貧血になっても鉄剤を用いずに、我慢強く食事内容で改善させていく。(改善するまでに)どうしても2年くらいはかかってしまう。
山澤:それまで依存していた鉄剤を使わないとなったとき、メンタルへのサポートは?
山下:依存というよりはむしろ(鉄剤を服用することを)非常に不安がっていたので、むしろホッとしたように見えた。


<トラックとマラソンにおけるコンディショニングの違い>

山澤:赤羽さんはママさんランナーとして、トラックでオリンピックに出場してからマラソンに転向した。トラックとマラソンのコンディションづくりの違いは?
赤羽:特に大きく変化させたつもりはない。しかし、マラソンに取り組むようになって練習量も発汗量も増えたので、食事も多く摂るようになったし、鉄分を含むものも多く摂るようになった。私の場合は一度に多く食べられる選手だったの、1日2食でも大丈夫だった。
山澤:発汗量が増えたので鉄分を多く摂ったとのことだが、どのくらい気を遣った?
赤羽:過敏になるほどではなかったが、水分補給から気をつけた。それまでは給水時にはスポーツドリンクはあまり飲まない傾向があったのだが、夏場のマラソンとなったベルリン世界選手権で失敗したことをきっかけに積極的に取り入れるようになった。


<発汗により鉄は出ていく>

山澤:浜野さん、管理栄養士としては、食事の内容は夏と冬で変える?
浜野:変えていた。経験上の印象だが、食欲が落ちる選手というのは貧血になりやすい感じがある。なので、薬味をつける、さらさらと食べられるもの、ぬるぬるしたものを絡めて食べられるようなものなど、食べやすくなる工夫をして、しっかりと食べられるように配慮していた。
増田:汗をかくと鉄分が出てしまうということを今日、初めて知った。自身の選手時代には汗をかいたらナトリウムさえとれればいいと思っていて、鉄分がなくなるという意識がなかった。
山澤:そのあたりは多くの方々の知見が必要だと思うのだが、汗の中の鉄の濃度は条件によって変わってくる。例えば、1ℓの汗をかいたとき、一番多いレポートでは1mgの鉄が出ていることもあれば、少ないレポートでは0.1mgのことも。実験条件によってずいぶん幅がある。現在、科学委員会でアスリートに協力していただきながら検討を進めているが、汗の中に鉄分が入っていることは事実。やはり対処は必要である。


<鉄分の過剰摂取に思うこと>

山澤:増田さんはご自身の経験を踏まえ、現在の鉄分の過剰摂取をどう思うか?
増田:今の選手のほうが知識をたくさん持っている。しかし、先ほど山下さんが言っていた“選手たちが主食を抜きたがる”という傾向は昔と変わっていないと思う。先日の大阪国際女子マラソンでは、優勝した福士加代子さん(ワコール)が、今回しっかりとご飯を食べていたということを永山忠幸監督がレース前から言っていたので、“ちゃんと食べなきゃいけないんだな”ということを実感した。また、フェリチンの摂取に関しては、もともと貧血の治療から入って、数字が改善されるから、「食べなくても鉄剤で治せる」ということで悪循環を起こすのではないか。数値が高くて体重の少ないほうが記録はよくなるので、それでいいと思ってしまうのだと思う。赤羽さんの例のように、もっと「食べるということ」「食べて強くなること」を大事にしてほしい。


<食事の管理とサプリメント>

山澤:山下さん、チームにおいては、食事だけで鉄分がまかなえている? それとも選手はサプリメントを使っている?
山下:提供しているものを全部食べているとは私は信じていない。出されているものは、まかなえる量が計算されていると思うが、それをどれだけ食べているかは選手次第。必要量は足りていないと思っている。
山澤:その管理は誰がやっている?
山下:栄養士が食事の時間もその場で見ていたり、食事をつくる業者も入っていて残った物はその業者が見ていたりするので、なんとなくの情報は聞けば教えてもらえるのだが、基本的にすごくうるさくは言っていない。そこに選手がどれだけ強くなりたいかという意志の力が入ってくると思うので。
山澤:ずばりサプリメントの使用は?
山下:うちはビタミンC、鉄剤、EPA(エイコサペンタエン酸)、アミノ酸などはある程度揃えていたり、選手が購入したりして、自分の好き嫌いやコンディションなどに応じて各自で補充している。また、そういう調整の仕方の指導はやっている。


<現場指導者の関心>

山澤:増田さん、取材のなかでいろいろな監督から話を聞くと思うが、どのくらいのチームがこうしたことに関心があると思うか?
増田:駅伝などで上位にくる(実業団)チームの監督は悩んでいる。高校の強豪校から来た選手のフェリチン値が高いということで数値を見せてもらったりもするが、正常の値にするのに、長いと3年、短くても1年くらいはかかっているそう。しかし、だからといって私は犯人捜しをする必要はないと思う。まずは栄養に対する意識を高めてもらうことと、やっていることはずるいことなんだという意識づけになる動きを、これから時間をかけてやっていくことが大事だと思う。


<選手に期待する数値の目安>

山澤:山下さん、だいたいの目安として、どのくらいのヘモグロビン値を選手に期待している?
山下:個人差が多いが13くらい行っていれば心配ないなと感じる。これは鉄剤を服用しないとダメかなと思うのは11の前半くらい。
山澤:先ほど(の講演で)も強調させていただいたが、私は1人1人の平均値とか標準偏差で見ることが大事で、ほかの人と比べるのではなく自分の値をしっかり決めることが大事と思っているが…。
山下:はい。うちは選手の血液のデータは全部アベレージを出して、最高値と最低値も常に一緒に見ながら個人ごとに確認するようにしている。
山澤:高地トレーニングの時は、特別な栄養管理などを行う?
山下:特別のことはしないが、いつもよりは貧血のリスクがあるということで、いつも飲んでいるサプリメントの量を少し増やすとか、飲んでいない選手もその期間だけ飲むとかはしている。高地トレーニング合宿のときは、栄養士も帯同して、栄養士がつくる手料理を3食べるようになるため、むしろ寮にいるときよりも食生活は管理下に置ける。残す様子はあまり見ないので、栄養摂取量はかえって多くなっている気がする。


<普及活動における食事や貧血へのアプローチ>

山澤:赤羽さん、引退後の普及活動で、食事の大切さや貧血に対して、どんなアプローチをしている?
赤羽:自分自身の反省から、小さいころの食事がとても大切だと思っている。今、小学校4年生の娘は、私が現役だった小学1年のときまで(競技者の私と)同じ内容の食事をしていたので、とても丈夫な子だと感じている。なので、お母さんやお子さんがいるところでは、食生活をしっかりしてほしい、バランスのよい食事をしてほしいということを常に勧めている。


<陸連に対する要望>

山澤:3人のオリンピアンに。私たち医事委員会で今日のような貧血対策、食育対策を普及育成委員会とやっているのだが、こんなことをやってほしいという要望があったら聞かせていただきたい。
山下:今、赤羽さんも仰ったように、子どもの食育というのが土台。それをもっと声を大にして伝えていただきたいし、何か仕掛けをしていただけたらと思う。
赤羽:先ほど山下監督が「選手は目の行き届かないところで食事を全部食べているとは限らない」と仰っていて、強くなりたい選手はきちんと食べているだろうというのは、私も本当にそう思う。私も強くなりたいと思ってから、好き嫌いせず、すべて食べるようになったので、選手の意識をどこまで高めていけるかが一番大事なのではないか。こうして(セミナーに出席してくれている)管理栄養士さんがたくさん勉強して、いい食事をつくっても、選手が全部食べてくれないと意味がなくなってしまうので、そういう選手の意識をもっと高めていけたらなと思う。
増田:今日のような、こういう機会を継続していくことが大事だと思う。今日、私自身も初めて知ることも多くて勉強になった。ぜひ続けてください。


◎最後に(山澤文裕)

パネリストの皆さんの話を聞き、討議を進めてきたが、共通するのは「食事は非常に大切ですよ」「バランスよく食べなさい」「楽しく食べなさい」ということ。これらが最終的な言葉といえるだろう。参加してくださった皆さまには、それらを念頭に、いろいろなものに頼るのではなく、必ず食事からしっかり栄養をバランスよく摂り、何を目的として食べるかを意識して、指導をしていただきたいと思う。

■アスリート貧血対処7か条

 最後に、今回のテーマとなった「陸上選手の貧血について考える」をもとに日本陸連が作成した「アスリートの貧血対処7か条」が公表されました。アスリートの健康確保のため、貧血の予防・早期発見・適切な治療を目指し、今後、アスリートのみならず、指導者、保護者にも活用していただくことを目指していきます。会場では「アスリートの貧血対処7か条」の文面が配付、これを参加者全員で確認し、宣言されました。

→アスリートの貧血対処7か条はこちら(PDF)

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