2018.02.01(木)委員会

【委員会レポート】女性指導者のためのコーチングクリニック(普及育成委員会)Vol.3


 日本陸連普及育成委員会が主催する第22回JAAFコーチングクリニックが1月7日、日本女子体育大学(東京都世田谷区)で行われました。今回は、新たな試みとして、「女性指導者のためのコーチングクリニック」と題し、女性指導者および、今後指導に関わることを目指す女性を対象としたプログラムに。跳躍種目の実技講習のほか、元トップアスリートによるトークセッション、女性特有の諸問題を学ぶワークショップが行われ、全国から集まった53名が受講しました。 

取材・構成/児玉育美(JAAF メディアチーム)

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ワークショップ②
「女性アスリートの三主徴」を学ぶ 

 2つめのワークショップとして行われたのは、女性アスリートを指導する上で配慮が求められる女性特有の諸問題についての講義。「女性アスリートの三主徴」を中心に、女性の特性ゆえに陥りがちな症状に関する基礎的な知識、日本における現状、指導者が留意すべき点などについて、日本体育協会公認スポーツドクターで、この分野の研究・診療のスペシャリストとして活躍する能瀬さやか氏(東京大学附属病院女性診療科)がデータを交えながら解説しました。


<紹介された内容(要旨)>

・女性アスリートが陥りやすい問題については、アメリカでは1980年代から議論され、研究・検討が進められてきた。現在では、「low energy availability(利用可能なエネルギー不足、以下、エネルギー不足)」「無月経」「骨粗鬆症」が、「女性アスリートの三主徴」と定義されている。
・近年では、「エネルギー不足」は男女問わずすべてのアスリートに関わる問題として捉える考え方も。国際オリンピック委員会は2014年に「RED-S(レッズ)」という新しい概念を提示した。これは、「スポーツにおける相対的なエネルギー不足」と訳され、運動量に見合った食事がとれていないと、代謝や発育、精神面、免疫、骨など全身のさまざまな部位や機能に影響を及ぼし、結果的にはパフォーマンスを落とすとするもの。そのなかで、女性アスリートの三主徴も、そのなかに含まれるという考え方である。
・三主徴の定義となる「low energy availability(エネルギー不足)」「無月経」「骨粗鬆症」は、それぞれが独立しているものではなく関連している。運動量に見合った食事量が取れていない(エネルギー不足)状態は無月経を引き起こし、無月経になると低エストロゲン(女性ホルモンの1つ)状態となって骨密度が低下し、骨粗鬆症を引き起こす。また、エネルギー不足が続くと低体重・低栄養となり骨粗鬆症を引き起こす。これらのことから、三主徴の起点は、「low energy availability(エネルギー不足)」にあるという考え方が一般的になっている。
・low energy availability(エネルギー不足)は、食事からとるエネルギー摂取量が、運動によるエネルギー消費量より少ない状態。アメリカでは具体的な計算式による定義もあるが、運動によるエネルギー消費量の測定は専門家でも難しいため、「成人ではBMI※17.5以下、思春期では標準体重の85%以下」という基準がめやすとなっている。
※BMI:肥満度を示す体格指数。BMI=体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)で算出。
・月経が3カ月以上止まっている状態を無月経という。こうした状態にある場合、あるいは15歳で初経がない選手は、婦人科受診を勧めてほしい。
・三主徴のうち、1つの症状があると、疲労骨折のリスクは2.4~4.9倍に、全部が当てはまる状態だと6.8倍のリスクとなると報告されている。こういった三主徴に対する治療は、障害予防の点でも重要である。
・日本の現状をみると、無月経の選手は運動量に見合った食事がとれていない、無月経が最も多いのは新体操・体操・フィギュアスケート等の審美系の競技(16.7%)で陸上長距離も含まれる持久系の競技が11.6%でこれに続いている、BMI別では18.5未満の選手は無月経の頻度が高い、などがわかっている。
・陸上の中長距離選手の場合は、無月経の選手は当然のこと、月経が来ている選手でも骨密度が低い。これには低体重も原因となっている(骨を強くする因子となる“荷重”が、低体重によって十分になされないため)と考えられる。他競技では荷重部位と非荷重部位によって骨密度が異なることもあるが、陸上の場合は、どの部位を測定しても無月経の選手の骨密度は低い。
・骨量を下げる因子として、10代で1年以上無月経を経験している選手は20歳以降で低骨量、骨粗鬆症と診断されている。また、BMIが低い選手も、20歳以降で低骨量と診断されていることがわかっている。
・骨量の経年変化を見てみると、一般的に最大骨量を獲得するのは20歳。これをピークとして徐々に減り、閉経後はエストロゲンが減るために骨密度も急激に減る。また、1年間で最も骨が強くなるのは12~15歳(中学)の時期。このため、中学・高校年代で低体重や低エストロゲン状態があると、最大骨量を獲得できず、生涯にわたり低い骨量で経過することになってしまう。このため10代で、三主徴の起点となるエネルギー不足を回避することは大切。特に陸上長距離選手には重要となる。
・無月経の選手を診察する場合は、まず、話を聞き、次に、子宮や卵巣に異常がないか検査し、さらに採血してホルモン値を見て原因を判断していく。エネルギー不足が原因の場合は、まずはそれを改善することが大前提。摂取エネルギー量(食事量)を増やす、あるいはエネルギー消費量(運動量)を減らすことで改善させる。診断結果によってはホルモン療法を用いることもあるが、これはあくまで「おまけ」。選手たちには、エネルギー不足の改善が一番重要であると伝えている。
・陸上中長距離の場合だと、体重や体脂肪が増えることを恐れる選手が多い。しかし、エネルギー不足を改善することは、体重・体脂肪率を増加させることと決してイコールではない。食事内容の見直しなども含めて、体重を増やさずにエネルギー不足を改善することは可能。このことをしっかり伝え、理解を深めてもらいたい。
・現場で診療していて一番問題になっているのは、受診した段階ですでに骨粗鬆症の選手をどう治療していくかということ。方法はないわけではないが、特に20歳以降の選手の場合は、安全性が確立されていない、ドーピング禁止物でアスリートに使えないなど、さまざまな理由もあって、すでに骨粗鬆症となった選手の骨量を上げる治療はほとんどないといえる。なので「10代から予防することが一番重要である」ことを伝えたい。
 以上のような観点から、能瀬氏は「低骨量に対する有効な治療は少なく、三主徴は疲労骨折のリスクを高める。三主徴に関する情報が広まったことにより、近年では受診する競技者も増えてきているが、大学進学を機に、あるいは社会人になってから受診するパターンが大半で、そのタイミングで受診しても、骨の点からはすでに手遅れというケースが多い。医科学サポートをするという点では10代からの介入が必要」と述べ、まとめとして、「女性アスリートの三主徴の起点となる、“エネルギー不足”を10代から防ぐことの重要性」を掲げました。
 なお、ここで紹介されたデータや情報は冊子にまとめられており、PDFファイルや電子ブック版で読むことが可能。東大医学部産婦人科学教室のホームページ「若年女性のスポーツ障害に関する研究」( http://www.h.u-tokyo.ac.jp/patient/depts/a_joseika02/athlete.html )からアクセスできます。
 また、能瀬氏が所属する東京大学医学部附属病院女性診療科では、2017年度から「女性アスリート外来」を開設しています。診療日等の情報はホームページでご確認ください。


最後に

「多くの女性指導者が活躍できる陸上界に」

 最後に、今回のコーチングクリニックの企画・運営を率いた秋元恵美氏(日本陸連普及育成委員会特別委員)が登壇して、「オリンピックでは、近年は女性競技者の参加が増え、活躍も目覚ましいが、指導者のほうは全体の1割程度にとどまっている。それは陸上競技においても同様で、日本陸連で進めている公認コーチ制度の女性の有資格者はまだまだ少ないのが現状といえる。ジュニアコーチ(JAAF公認ジュニアコーチ:地域クラブ、小中高の部活動で、幅広く指導を行う者)は増えつつあるが、公認コーチ(JAAF公認コーチ:都道府県選手団の監督・コーチを担う者都道府県で指導者育成の中心的な役割を担う者)については女性がゼロの県もある。日本陸連では、陸上界がさらに発展していくためにも、女性指導者をもっと増やし、大いに活躍していただけるようにしたいと考えている。そうはいっても、“じゃあ、実際にどうすればいいのか”という声もあるのではないかという思いから、今回、こうした機会を設けた。参加された皆さんから、“よかった”という声をいただければ、機会も増えていく。これからも定期的に開催していきたい」と挨拶。「日本陸連では、今後、女性指導者のコーチ資格取得を支援する体制も整えていく。ぜひ、これを機会として多くの方に応募してもらい、資格を取っていただき、皆さんの自信を深めていただけたらと思う」と受講者に呼びかけ、閉会しました。


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