2017.12.08(金)選手

2017-2018ダイヤモンドアスリート 第1回リーダーシッププログラムVol.3



■選手たちとのQ&A

佐久間滉大選手(法政大3年、ダイヤモンドアスリート修了生)
Q:2年間、競技を離れたとのことだったが、その間で柔道に対してどう考えたか、また、その2年間が柔道にどうためになったか?

野村:もともとはボロボロになるまでやりたくない、一番いい時期に惜しまれながらやめる、きれいな引退を求めていた。それがシドニー五輪後のタイミングだったのだが、引退と決めたものの迷いがあって言葉にすることができなかった。柔道から離れた2年間のうち1年は日本で過ごしたが答えが出せず、次の1年はアメリカへ。そこでは人に見られることなくすごく楽しく過ごせたのだが、だんだん楽しいだけの毎日が苦痛になってきて、「27歳の今しかできない、自分にしかできないチャレンジは?」と考えたときに出た答えが現役を続行することだった。そこは競技から離れたからこそ見えたことだったと思う。
しかし、実際に復帰したら、負けまくった。勝てない自分を見て周囲の反応も変わっていく。そんな状況下で柔道に向き合うのは本当につらかった。しかし、なぜ今の自分が勝てないのかと考えていくうちに、プライドや見栄で小さくなっていた自分の心に原因があると気づくことができた。プライドが邪魔して負けない柔道しかできなくなっていた自分を変えて、人にどう見られても負けてもいいから自分が大切にしていた「前に出て、攻撃して、自分を出し切る柔道をやろう」と思うことができた。この時期に、そうやって自分の弱さを知り、それを克服し、諦めない心を持つことができたことが、さらに強い自分をつくってくれた。




クレイ アーロン 竜波選手(相洋高1年)
Q:引退したときに、一番感謝したことは?

野村:3連覇するためにいろいろな経験をできたこと。もちろん3連覇というのは自分にとってすごく誇れるもので宝物。でも、その3連覇を果たすために、いろいろな経験をしたことがとても大きい。かっこいいやめ方をしたかった自分が、真剣に熱い気持ちで柔道に取り組んで正しい努力をしたことで、もっと新しい自分や強い自分をつくれるのではないかとか、すごい仲間ができるのではないかとか、そういう思いに変わった。
そうして身体が本当にボロボロになる40歳まで競技を続けたわけだが、感謝したいのは柔道というものを通して、世界を知ることができ、自分を変えることできたこと。自分の考え方も変わったし、視野も広がり、それを言葉にできるようになった。また、年をとって、若いころ当たり前にできていたことができなくなったことで、技術というものを深く考えることができたし、身体をケアするためのチーム(仲間)もできた。競技を通して、そういういろいろなものを手に入れることができたことに、とても感謝している。

平松 祐司選手(筑波大3年、ダイヤモンドアスリート修了生)
Q:自分は高校から陸上競技を始めて、大学1年時で世界選手権に出場するまでは順調で、期待される喜びを味わっていたが、その後、ケガをしたことで思うような成績が出せず、期待されることや周りの目を怖く感じる時期があった。野村さんは、ケガしたり挫折を感じたりしたときに、どう自分を奮い立たせていったのか?

野村:それは、年齢によるかもしれない。自分は、若いときは「休んじゃえ」と思っていた。若いときに強かったのは、僕の場合は「休める勇気」があったから。周りからは「休むのがうまい」「やるときの練習の集中力がすごい」と言われていた。自分で休めるタイミングをちゃんと取れることと、「休んでもいい」という余裕を持てることが大事。もちろん休めば、違う形で穴埋めしなければならないが、「休む意味を考えること」、そして「自分を許すこと」はとても大切だと思う。
ただ、失敗したときの悔しさは忘れてはダメ。よく「負けたが、すごくいい経験ができた。気持ちを切り替えて頑張る」と言う人がいるが、僕はそれが大嫌い。負けていい経験、失敗していい経験なんてない。それを次に生かして成功してこそ初めていい経験となるわけで、気持ちを切り替えることは必要かもしれないが、失敗した悔しさを忘れてはいけない。
ケガについては、アスリートには防げるケガと防げないケガがある。また、ケガしない体質というのもあって、それはアスリートとしての強さともいえる。ただ、焦る気持ちがあると休めなくなり、それがさらに違う箇所を痛める原因となり、悪循環が起きてしまいがち。もうちょっと自分を許したり甘やかしたりする要素を持っていいのかなと思う。




北口 榛花選手(日本大2年、ダイヤモンドアスリート修了生)
Q:最近になって、たくさんの人から一度に指導を受けることが多くなり、それに左右されすぎて悩む時期があった。そのときに「私はこれ」というのを持つようにしなさいといわれた。野村さんは最初、「背負い投げ」にこだわったということだったが、どの段階で、どういう経緯で、そう決めたのかを知りたい。

為末:これは普遍的な悩み。高いレベルになってくると、「どうして人の話を聞くか」より、「どうやって人の話を聞かないか」のほうが大事になってくる気がする。

野村:確かに。そして、「聞いているふりはするけれど聞かない」というのも大事かも(笑)。
質問に話を戻すと、自分は、子どものころに「しっかり相手と組んで背負い投げをかける柔道」を教えてもらっていて、「背負い投げ」は自分としては得意の技だったのだが、身体が小さかったために中学や高校ではその柔道では勝てず、身体の小ささとスピードが生かせる「組み合わずに速く動く柔道」に変えようとしていた。しかし、高校2年のとき、その柔道をしている自分を見た父親(高校柔道部の監督)から、「今だけ勝てる柔道がしたいなら、その柔道をしたらいい。でも、将来、世界に通用する、長く世界で戦える柔道家になりたいのなら、今は勝てなくいいから、まずはしっかり組む柔道をして、1本を取れる技を磨け」と言われた。それが、自分に期待をかけてくれることのなかった父から、生まれて初めて受けた助言だった。そこが軸となっている。

為末:そうなると、「何を」聞くかより「誰から」聞くかを絞ったほうがいいということか?

野村:僕の場合はそうだった。人として柔道家として尊敬できる人、信じられる人、言葉に重みのある人がいる。そういう人を信じることが大切なのではないか。もちろん、それも一種の賭けではあるけれど。

為末:競技をやっているときには、「この人以外の話を聞かない」という時期も必要。

野村:強くなる選手は、いい意味でわがまま。いい意味で「自分」を持っていて、そういう選手が生き残っていく。何が必要かを選別できるかは、アスリートとしての能力になってくる。そこを鍛えていかなければならないと思う。


取材・構成:児玉育美/JAAFメディアチーム
写真提供/フォート・キシモト

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